【51:見音は広志にお礼がしたい】
廊下でぶつかって足首を捻挫させてしまった見音を、広志が保健室に連れてきた場面の続きです
保健室で保健医の先生に足首に湿布を貼ってもらい、テーピングをしてもらうと、見音の痛みはかなりマシになったようだ。昼休みが終わるまでゆっくり休んだら、自分で歩いて教室まで戻れそうだと彼女は言う。
「ありがとう空野君。もう大丈夫だから、先に教室に戻っていいわよ」
「ホントに大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
「そっか……」
ベッドに腰掛けて広志の顔をじっと見ながら、見音はちょっと難しい顔をしてる。何か言いたげだ。
「ん? どうかした?」
「保健室まで連れてきてくれたお礼をするわ」
見音は真顔でそんなことを言ってくる。たかが保健室まで一緒に来たくらいでお礼なんて……案外律儀な性格なんだろうか?
「お礼? そんなのいいよ。ぶつかったのは僕なんだし」
「それでもわざわざここまで連れて来てくれたのは事実よ。私は他人に借りを作ったままにするのは嫌なの」
ああ、そういうことかと広志は納得した。見音は異常にプライドが高いんだ。でもなぜそこまで言うのだろうか? やっぱりお金持ちのお嬢様だからか?
広志にとっても今までそんなタイプと接することがなかったから、よくわからない。
「わかった。じゃあ今度、缶コーヒーでも奢ってくれる?」
「缶コーヒー? そんなのじゃダメよ。保健室まで来る労力と時間を考えたら、割に合わないわ」
学内価格で100円の缶コーヒーだと割に合わない? どゆこと? もっと安いものにしろって見音は言いたいのだろうか?
「せめてディナーコースくらいじゃないと、私が借りを返せない」
「ディナーコース? ──って、いくらくらいなの?」
「色々あるけど、まあ1、2万円くらい?」
「はぁっ?」
保健室に連れて来ただけで1、2万円の価値? 時給に直したら5万円以上じゃないかっ!? 見音の金銭感覚はどうなってるんだ? 広志にはまったく理解ができない。
「いや、コーヒーで充分だよ」
「じゃあ自家焙煎・ハンドドリップの美味しい喫茶店があるの。すごくこだわりの強いマスターがいてね。そこのキリマンジャロが絶品なのよ。それをご馳走するわ」
自家焙煎。ハンドドリップ。キリマンジャロ。
言葉はどれも聞いたことはあるけど、広志にとってはそれがどんなもので、どれくらいの価値があるのかまったくわからない。いかにも高そうなことだけはわかるけど。
「あの、八坂さん……それっていくらくらいするの?」
「コーヒー一杯1,500円」
「せ、せんごひゃくえんっ!? コーヒー一杯が?」
「あら、一流ホテルのカフェなら、単なるブレンドコーヒーでもそれくらいするわよ。それがあのクオリティのキリマンジャロが1,500円で飲めるなんて、超おススメなの」
見音は相変わらず真顔だ。彼女の金銭感覚は一般ピープルとはかなりかけ離れてるようで、自分がおかしなことを言ってることに気づいてないに違いない。
「あの……八坂さん」
「はい?」
「そんな高級なものは僕にはもったいなさ過ぎるし、価値がわからないから猫に小判だ」
「猫? 空野君が? 猫っぽくはないけど」
見音は至って真面目な顔で摩訶不思議な返しをしてきた。
「いや、そういうことじゃなくて。単なる慣用句だし」
「うん、知ってる。冗談」
(じょ、冗談だったんだーっ!)
見音があまりに真顔で言うもんだから冗談とは思わなかった。それに見音のツンツンしたキャラからしても、まさかそんな冗談を言うなんて、広志には思いもよらなかった。
(うーん、八坂さんのキャラが、まだイマイチわからない)
「とにかく八坂さん。そんな高級なものじゃなくて、何か普通のものにしてよ。──っていうか、ホントにお礼なんていらないからさ」
「お礼をしないのはダメ。それは私の気が済まない。何がなんでもお礼を受け取っていただくわ」
ああ、なかなか厄介な女の子だ。どうしたらいいのかと広志は途方にくれる。
「あっ、そうだ空野君。今度の日曜日のお昼に、ウチの庭でバーベキューをする予定なの。それにご招待するわ」
「バーベキュー? ウチでって……ご家族がいらっしゃるんじゃないの?」
「いいえ。お父様もお母様も外出するからいないわ。鈴木君と佐藤君が来るの」
「す…鈴木と佐藤? そこに僕が?」
「ええ。ダメかしら? 今度の日曜日は何か予定が入ってる?」
「いや、予定はないけど……」
(うーん……鈴木と佐藤か。そこに僕なんかが行ったら、目の敵にされるだけだろ)
「じゃあ決まりね。あとでウチの住所を教えるわ」
「ちょ、ちょっと待って。僕が行ったら、鈴木と佐藤に申し訳ないよ」
「申し訳ない? なぜ?」
「だって彼らは八坂さんの大ファンみたいだし。そこに僕なんかが行ったら、せっかくの八坂さんとの時間を邪魔されたって、彼らは思うでしょ」
「大丈夫。二人には私からちゃんと言い聞かせるから」
言い聞かせる? 子供じゃないのに。やっぱり見音は上から目線だなぁと、広志は苦笑いした。
「でもやっぱり、彼らに悪いよ」
「じゃあ、こうしましょう」
バーベキューに行くことを渋る広志に、見音は驚くような提案をしてきた。
「空野君って、涼海さんと伊田さんと仲がいいでしょ。彼女たちも呼んで、6人でバーベキューをしましょう。それなら男女3人ずつだし、ちょうどいいわ」
(なんだって!? 凜と伊田さんも一緒にバーベキュー!? 男女3人ずつでちょうどいいってなんだー?)
修羅場になる予感しかない。呆然とする広志に、見音は「じゃあそれで決定ね」とクールに言い放った。
無理やりバーベキューに誘う見音に、広志はこのまま承諾してしまうのだろうか?
次回「バーベキューへのお誘い」をお楽しみにっ!




