【45:天美ちゃんならきっと大丈夫】
広志と凜が二人で下校してるシーンの続きです
グランドで真田が伊田さんと、どんな言葉を交わしてたのか、気になっていた広志は凜に尋ねた。
「ああ、あれね。真田君が、『なんで空野とそんなに親しげなんだ?』って訊いてきたんだ」
(あの時真田は、そんなことを言ってたのか)
「伊田さんは、なんて答えたの?」
「『へへ〜ん。内緒!』って。天美ちゃん、ニコニコして言ってた」
「えっ? そうなのか。それで真田はなんて?」
「いや、何も。真田君、絶句してたわ」
「うーん、大丈夫かな?」
真田は伊田さんのその言葉を聞いて、どう思ったんだろうか。
(真田がもしも伊田さんを責めたりしたら、伊田さんが可哀想だ)
「私もちょっと心配だったんだけどね。天美ちゃんはしっかりしてるから、きっと大丈夫だよ」
広志が横を歩く凛を見ると、彼女は前を向いたまま、大きく両手を振りながら歩いてる。
楽しそう? いや、楽しそうというのとは少し違う。心配ないよーって、言いたげな感じ。
「ホントに?」
「うん。天美ちゃんに『大丈夫なの?』って聞いたらさ」
「うん」
「『もう真田君のことは完全に吹っ切れたから、何を言われても全然大丈夫だよ』だってさ。もしも何か言われたらちゃんと説明するって、笑いながら言ってた」
「それならばいいけど」
凛は広志の顔を見て、にこりとした。伊田さんのことを本当に信頼してるっていう自信ありげな表情で、凜はコクリと頷く。
「あの子、芯はすごくしっかりしてるからさ。多分大丈夫だと思うよ。元々真田君は、天美ちゃんのことを好きとも何とも言ってなかったんだし。天美ちゃんが誰を好きになろうが自由でしょ!」
「そっか。でも、プライドの高い真田が、伊田さんが自分以外の人に目を向けたら、怒らないか?」
「もしも真田君がそんな理不尽なことをしたら……」
凛は真顔で広志の顔を見つめる。そして真剣な口調で言った。
「その時はヒロ君が、天美ちゃんをしっかり守ってあげてね!」
広志の頭に、真田の筋肉質で身長180センチの巨体が思い浮かんだ。そして真っ黒に日焼けした、眉が太くてガッチリした顎の野生的な顔。
広志は正直言って一瞬怯んでしまって、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
だけれども──伊田さんが自分のことを好きだと言ってくれて、そして好きでいていいかと聞かれて、了承したのは自分だ。だからもしもそれが原因で伊田さんが嫌な目に合うなら、それを守るのは自分の責任。
それは最初からわかってることだし、もちろん広志にはその覚悟ができてる。
「もちろん!」
広志が笑顔で力強く答えると、凛はニコッと満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりヒロ君は責任感が強いし優しいし、素敵だなぁ」
「えっ?」
急に凛がしみじみと言ったもんだから、広志は照れ臭くて焦った。
「いやいや、そんなことないって。凛の凄さには敵わないよ」
「私が凄い? 何が? 凄いことなんて、何もないでしょ?」
凛はきょとんとしてる。謙遜してるんじゃなくて、凛はホントに自分なんて大したことはないって謙虚に思ってる。それがまた凛の凄いところだ。
そもそも、ある意味恋敵とも言える相手のことを『しっかり守ってあげて』なんて、心から言える女の子がいったいどれくらいいるのか?
それでいて広志のことを信頼して、絶賛してくれるような女の子が、果たして他にこの世に存在するのか?
さらにその女の子はアイドルでも惨敗するほど、これ以上ないくらい可愛いなんて。
(まさに、ホントに凜は、その存在すら奇跡だ……)
広志は心の底からそう思った。いつも凛の凄さは、直接本人の前で口にしてるつもりだけど、今日はいつもよりも凛を絶賛したくなる。
そしてきょとんとしてる可愛らしい凜の顔を眺めてたら、愛おしくて愛おしくて仕方がない感情が、広志の心の奥から溢れだしてきた。
歩きながら周りを見たら、他に通行人は誰もいない。今ならその気持ちを口にしても大丈夫だ。
そう思ったら、その溢れる感情が、ついつい広志の口から言葉になって溢れ出た。
「いーや、凛の方こそめっちゃ優しいし、懐は深いし、僕なんて到底敵わないよ。その上こんなに可愛くて、こんな素敵な女の子がこの世に存在するなんて奇跡だ」
広志は笑顔を浮かべて、凜に向かってしみじみとそう言った。すると凛は急に真っ赤になって立ち止まった。広志も立ち止まって、お互いに向かい合った。
広志がいつもと少し違う感じで褒めるから、凜もいつになくあわあわと動揺してる。
次回はまさに凛の回です!
次話「動揺する凛」をお楽しみにっ!




