【36:凜は自信がない】
凜視点での、伊田さんとの会話の続きです。
途中で広志視点に戻ります。
凜が「全然自信なんかない」と言うと、伊田さんは「嘘でしょ?」と、また口をぽかんと開けて凜の顔を不思議そうに眺めた。
「ホントだって」
不思議そうな顔をしてる伊田さんの背中を、凜はポンポンと叩いてそう言った。
「そんな自信なんか、ホントにないよ。だって人の心をコントロールするなんてできないもん。いつヒロ君が他の人を好きになっちゃうかもしれないって、いつも不安に思ってるよ」
「いやいやいや、凜ちゃん。全然不安な顔なんかしてないぞー!」
「だって不安に思うけど、不安だぁ不安だぁって顔したり、そう言ってても、何もいいことないもん」
凜はにっこりと笑って、伊田さんの大きくて綺麗な目を見つめる。伊田さんも凜の顔をじっと見つめてる。
「だからね、私は、自分ができることを一生懸命するだけ。そしたらね。すべてのモノは、落ち着くところに落ち着くの」
伊田さんは、とっても感心した顔つきで凜を見てる。
「じゃあ私が空野君を好きでいても、許してくれるの?」
「だーかーら。許すも何もないって。──っていうか、伊田さんは、私と同じようにヒロ君のことが好きな同志だーっ! 仲間よ~」
「へっ?」
両手を前に出して握手を求める凜を見て、伊田さんは一瞬固まった。だけどすぐに笑顔で両手を出して、ちょっと泣き顔になって凜の両手をガッシと握りしめる。
「ありがとー、凜ちゃーん! ひーん」
ホントに伊田さんは泣き出しちゃった。
「いや、そんなに泣かなくても……」
「なんかね、なんかね、嬉しくて、涙が出るんだよぉ~! 凜ちゃんは優しいね! 空野君もめっちゃ優しいけど、凜ちゃんもめっちゃ優しいんだぁ」
「あ、ありがと……あはは」
あまりに感情豊かな伊田さんに、凜も苦笑いするしかない。
「で、伊田さん。私にお願いしたいことって何?」
「それはね、それはね……」
伊田さんは泣き顔のまま、凜の顔を見つめる。
「空野君を好きなままでいさせてってお願いしたかったんだ! だけど凜ちゃんは、もうそれを認めてくれてるんだよね」
「え? うん。認めるっていうか、もちろんいいよ」
「わーん、信じられない~ 信じられないほど、いい人だぁー!」
また伊田さんは泣き出した。凜は、ちょっとだけ意地悪したくなる。
「天美ちゃん。私はいい人じゃなくて、悪い人なんだよ。騙されちゃいけない。私はライバルであるあなたを負かそうとする、悪者なんだから!」
「へっ?」
伊田さんは急に泣きやんで、きょとんとした顔で凜を見た。
「デ・ジャブだぁ! 空野君がおんなじようなことを言ってた」
「え? ヒロ君が?」
「うん。僕は悪者の、悪野 悪志だって」
「え~っ!? 無意識のうちにヒロ君の発想と被ってる!? しかも悪野 悪志ってネーミングセンスがひっどぉ……」
「あははっ、二人とも似たもの同士だねぇ! あははは」
伊田さんはお腹を抱えて、身体を前に折るようにして爆笑してる。
(そんなに笑わなくっても……)
そう思いながらも、凜も釣られて「ふふふ、ふふふ」と笑い出してしまった。そして笑いが「あははは」と大きくなって止まらない。
(天美ちゃんとは、ホントにいい友達になれそう)
凜は伊田さんが楽しそうに笑う姿を見て、しみじみそう思った。
「天美ちゃん、これからもよろしくね」
「うん、凜ちゃん、こちらこそっ!」
二人で握り合った両手に力を入れて、がっしりと握手して笑いあった。
◆◇◆
広志は凛から送られたスマホメッセージを見ていた。
『さっき伊田天美さんと話をしたよ。すっごくいい子だねー! ヒロ君を好きなのを認めて欲しいって言うから、認めるも何も、私も嬉しいって言っといた』
「いかにも凛らしいな」
広志は思わず口に出して、ふふっと笑う。
でも凛も伊田さんも、どちらも悲しませないようにしなきゃいけない。責任は重いなぁと思う広志だった。
◆◇◆
翌日の放課後、広志は伊田さんの部活を見に行こうと、教室を出て陸上競技場『ワールドスタジアム』に向かっていた。
早めに行きたかったけど、親友の田中健太に呼び止められて、なんやかんやと話してるうちに、気がついたら結構時間が経ってた。
「あれ? おかしいなぁ。確かこっちの方だったよな?」
ワールドスタジアムは、この前来たばっかなのに、道に迷ってしまったみたいだ。おっちょこちょいな自分が嫌になる。方向を間違えてるのかもしれない。
世界高校の校舎の裏手のゾーンは結構植樹があって、見通しが悪い。植樹の間に遊歩道みたいな通路があって、そこを行くとワールドスタジアムや、テニスコート、運動場などが点在している。
もしかしたら遊歩道の分岐点を間違えたのかもしれない。
不安になった広志がふと横を見たら、平屋の白い建物があった。正面にある両開きの扉の横に貼ってある『World studなんとか」って銘板をチラッと見る。
「何の建物だろ? ワールドスタジアムみたいな名前だし、まあいいか」
とにかくそこで、ワールドスタジアムの場所を聞こうと考えて、建物の扉を開けて中に入った。
玄関扉を押し開けて入ると、こぢんまりと玄関ホールがあって、目の前に二つの重々しい大きめの扉があった。
人は誰もいないけど、扉の方からお腹にズンズン響くような音がかすかに聞こえる。中に誰かがいるようだ。
やたら大きなドアレバーをガチャンと押し下げて、広志は扉を開けた。途端に大きな音楽と歌声が響いて、広志は思わず両手で耳を抑える。
部屋の中を見ると、音楽スタジオのようだ。そこにスタンドマイクに向かって熱唱してる男がいた。
男は世界高校の制服ズボンを履いていて、上着は脱いで黒いTシャツ姿だ。
男はバラードっぽい歌を唄い上げてて、少しかすれたその声は、広志の心に染み入るように響く。
(なんて切ない、いい声なんだろう)
広志は男の歌声に感動して、立ちすくんでしまった。男は突然扉を開けた広志に気づいて、歌うのをやめた。
「勝手に入ってくるなっ! 誰だっ!?」
「あ、ごめんなさい! ワールドスタジアムへの行き方を訊きたくて」
「はぁっ!? 何を言っとるんだお前は!? ここはワールドスタジアムじゃなくて、ワールドスタジオばい!」
(うわっ、えらいことしてしまった。めっちゃ怒ってるよぉ)
男は凄い剣幕で怒ってる。広志は思わず肩をすくめた。えらく不機嫌に叫ぶ男に、広志はまた「ごめんなさい!」と頭を下げた。
「あれっ? お前、空野か?」
「えっ?」
そう言う男の顔をよく見たら、イケメン三銃士の一人、高校生でCDデビューを果たしてる天河ヒカルだ。
ヤンチャそうな茶髪イケメンの天河は、広志だと気づいて驚いた顔をしてる。
「あ、天河君? 僕のことを知ってるの?」
同じクラスとはいえ、天河とは話したこともない。ちょっとヤンチャな感じの天河とは、交わる部分がほとんどないと、広志は思っていた。
「もちろん知ってるばい。なんせ教室で、あの凛が、彼氏にしたいなんてカミングアウトした相手だからな」
(ん? 凛? やけに親しげな感じだけど、凛と知り合いか?)
広志は天河の言葉に引っかかりを感じた。
ようやく出番が出てきました、イケメン三銃士の天河ヒカル。
次話ではさらに、三大美女のもう一人、八坂 見音も登場します!
次回「三大美女の一人、八坂 見音」お楽しみに~!




