【23:かけがえのない存在】
昼休みにカフェ・ワールドで、広志と凜がお茶を飲んでるシーンの続きです。
神社の休憩所で、広志が伊田さんに『素敵だ』と言われたことに対して、凜が突っ込みをいれてきた。
「ふーん。じゃあヒロ君が、伊田さんを好きになっちゃうこともあるかな?」
凜の顔はにやっと笑ってるけど、もちろん単に冷やかすつもりじゃなくて、広志の気持ちに探りを入れてる感じだ。
やっぱり凛は、またちょっと嫉妬してるんだなって感じ。遠慮しながらも、素直にそれを表情や態度に出すのが凛の可愛いところだ。
「あれ? 凜、まさかまた嫉妬してるの?」
「えっ? いや、あの……えっと……」
広志の切り返しに、急に凜はあたふたしだした。いつも冷静な凜だから、慌てる姿はレアだ。広志は貴重な、いいものを見れた気分になった。
広志は少し低めの優しい声で凜に語りかける。
「あのさ、凜。伊田さんって、見た目も性格も、すっごく素敵な人だと思う」
「う、うん。そうだね」
「でさ。凜はその百倍……いや、最低でも一万倍は素敵な人だ!」
「え? そ、そうかな?」
「そうだよ。嫉妬してるのも可愛いし、照れてる姿も可愛い。性格も凄くいいし、僕にとって凜は、かけがえのない存在なんだ」
「え? そこまで言ってくれるの? ヒロ君……」
凜は頬を赤らめて、照れくさそうに広志の名前を口にした。心なしか目が潤んでいるようにも見える。
「だから僕は、凜を悲しませるようなことは絶対にしない」
「うん、ありがとう」
凜はこくっとうなずく。普段はしっかり者の凜だけど、まるで小さな子供が照れてるような、可愛い仕種だ。広志は胸がきゅんとなる。
「僕を信じてくれる?」
「うん。ヒロ君がもし嘘を言ってたら、私にはきっとわかると思うんだ。でも今のヒロ君は、心の底からそう言ってくれてるってわかる。だからもちろんヒロ君の言うことを信じるよ」
そう。凜は広志のことをよく理解してるし、もし嘘をついたらあっという間に見透かされてしまうに違いない。
「ありがと」
広志がそう言って笑いかけると、凜も微笑み返した。
「うん。いつも私を安心させてくれて、こちらこそありがとう。また伊田さんのことは、しっかりと応援してあげてね」
「そうだね」
凜の言うとおり、伊田さんが本当に前向きになれているのか、まだもう少し様子見が必要だ。そう考えて、広志はもうしばらく伊田さんを応援し続けようと思った。
その日の授業が終わって、いつものように生徒たちは部活や個人の活動のために、次々と教室を出て行く。伊田さんがゆっくりと帰る準備をするのを、広志は見守りながらゆっくりと立ち上がった。
今日はまだ教室内に他の生徒もいるから、広志はあえて、すぐには伊田さんに声をかけない。大きなスポーツバッグを肩にかけて、不自由そうに松葉杖で廊下を歩く伊田さんの後ろをついていく。
そして階段に差し掛かる手前で伊田さんに声をかけた。
「ねえ伊田さん。松葉杖で階段を降りるのは大変そうだから、カバンを持つよ」
「え? ああ、空野君か~! 急に声をかけるから、びっくりしたよ」
「ああ、ごめんごめん。どうしようか迷ったんだけど、さすがに階段はキツそうだと思って、声をかけた」
「そっかぁ。じゃあ、ここだけお願いするかな」
振り向いた伊田さんは、にかっと笑いながら、素直にカバンを広志に差し出した。
広志がカバンと松葉杖を預かって、伊田さんは手すりを握って階段を降りる。広志は彼女の横をゆっくりと歩いて一緒に階段を降りた。
「今日はリュックで通学するって言ってたけど、どうしたの?」
「家を探したんだけどさあ、なかったんだよ。私は中学からずーっと部活をやってるから、今までリュックなんか使ったことがないんだ」
「そうなんだ」
「でも一つくらいあるかと思ってお母さんに聞いたら、『そんなのウチにない!』だって。酷くない~?」
伊田さんは苦笑いしてる。
「それなら昨日言ってたように、松葉杖が必要なくなるまで、駅まで僕がカバンを持ってあげるよ」
「あ、大丈夫! 今日お母さんが買いに行ってくれるって言ってたから、明日からは大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ僕は必要ないな」
「そうだね……残念だけど」
「残念?」
「え? いやいや、なんでもない、なんでもない。気にしないで!」
残念って、どういう意味だろ? 疑問に思って広志が伊田さんを見ると、彼女は顔を真っ赤にして、広志から目線を逸らせて前を向いた。
(残念って、もしかして僕と一緒に帰りたいってこと? いやぁ、まさかな)
広志は照れる伊田さんの姿を不思議に思いながら見つめた。
次話も伊田さんとのほのぼの会話が続きます。
──が、伊田さんが広志に近づいたホントの理由が近々明らかに!
次回「明日はリュックで来れるんだろ?」
お楽しみに~




