【22:伊田さんがいい笑顔になってる】
広志と伊田さんが神凪神社の休憩所で話をした翌日のお話です。
◆◇◆
翌朝、広志が登校して教室にいると、伊田さんが登校してきた。見ると、なぜか昨日と同じ大きなスポーツバッグを肩にかけてる。
やっぱり松葉杖とのバランスが悪くて、歩きにくそうにして、広志の横を通る。
みんなの前であんまり親しげにするのは、伊田さんの人気総選挙に悪影響があるかもと広志は考えた。
だから細かなことは言わずに、笑顔で「おはよう、伊田さん」とだけ口に出す。伊田さんも「おはよう」と笑顔で返してくれて、そのまま自分の席へと歩いていった。
「あれっ? 伊田さん、いい笑顔になってるね」
隣の席から、今来たばかりの凛が声をかけてきた。元気な伊田さんの姿を目にして、凛も嬉しそうだ。
「おはよう、凛。そうだね。また詳しくは昼休みにでも言うよ」
「うん」
他人の幸せそうな姿を見て、自分も笑顔になれる凛は凄い。そんなところも凛を好きな部分の一つだ。
広志はそう思って、広志自身もなんだか嬉しい気分になった。
「ヒロ君、お茶飲みに行かない?」
昼休み、弁当を食べ終わったら、凛が声をかけてきた。凛にお茶に誘われるなんて珍しい。ゆっくりと伊田さんのことを聞きたいんだろう。
「いいよ。凛と学校でお茶飲みに行くなんて、そういや初めてだね」
「だね。たまにはいいでしょ」
そんなことを話しながら、二人でカフェ・ワールドに行った。カウンターでアイスコーヒーを二つ注文する。
「あ、ガムシロとクリームを間違えちゃダメだよー」
「へっ?」
前に伊田さんとここに来た時に間違えたことは、凛には言ってなかったはずなのに。
それに凛とカフェに行くとかほとんどないし、今まで凛の目の前で間違えたことはなかったはずだ。
「あ、ありがとう」
凛に礼を言って、広志は慎重にガムシロとクリームを取った。
「なんで間違えそうって思ったの?」
「だってヒロ君、おっちょこちょいだから。間違えることもあるかなぁって思った」
凛はニヤッと笑う。
──はい、凛のおっしゃる通りです。ついこの前も間違えたばかりです!
凛は凄すぎる。自分のことをホントによくわかってくれてると、広志は心の中で凛に白旗を上げた。だけども口では真逆のことを言う。
「こらこら。僕は案外しっかりしてるんだからなっ!」
「だよねー ヒロ君が実はしっかり者だって、私は知ってるよ!」
凛は広志の顔を見ながら、ニカッと笑う。
「でも、たまにやるおっちょこちょいも、ヒロ君のいいところだよ。だって可愛いんだもーん」
「こら凜。やっぱお前、僕をしっかり者だなんて、思ってないだろ?」
「そっかなぁ、えへへ」
白い歯を見せて笑う凛が可愛い。いつも自分の全てを肯定してくれる凛。やっぱり頭が上がらないと、広志は改めて思う。
二人分のコーヒーを載せたトレーを持って、二人がけの席に向かい合って座った。周りからは、凛の姿を見た男子生徒の声が聞こえる。
「おいアレ、去年の人気総選挙、二年生一位の涼海さんじゃない?」
「あっ、ホントだ。やっぱめっちゃ可愛いな!」
「うん。あのちょっと垂れ目で優しい感じがいいよねっ!」
「一緒にいる男は誰だ?」
「なんだか地味な男子だけど、彼氏か?」
「んなワケないだろ。クラスメイトか、サッカー部の人じゃないの?」
「涼海さんに彼氏がいるなんて、聞いたことないぞ」
(ん~、デジャヴだ)
以前伊田さんとここに来た時とまったく同じ周りの反応。美女と自分みたいな平凡男子が一緒にいたら、誰が見てもそう思うんだなぁと、広志は苦笑いした。
広志は声をひそめて、伊田さんと神凪神社で話した内容を凜に説明した。凜は「やっぱり想像通りかぁ」と、少し悲しげな顔をした。
「でもヒロ君の励ましで、やる気になってそうなんだよね?」
「たぶん。このままやる気が続いて、いい結果が出たらいいなぁ。でも好きな人のことなんて、気にしないでおこうと思ってもなかなか難しいよね」
「そうだね。やっぱりちゃんと付き合えるか、それとも真田君のことはやめて、吹っ切るかが必要だね。まあどちらを選ぶかは、伊田さん次第だけど」
ホントは凜は、真田なんかやめた方がいいと思ってるんだろう。だけど人のことを悪く言うのが嫌いな凜は、伊田さん次第だという言い方をした。
「ところでヒロ君、神社の狭い部屋で伊田さんと二人っきりで話したんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「伊田さんってめちゃくちゃ可愛いでしょ?」
「う、うん。そ……そうだね」
「で、その伊田さんに『空野君って素敵』って言われたと」
「う、うん」
(あれ? もしかして凜は、また嫉妬してるのか?)
凜はにやっと笑ってる。広志は少しドキドキした。凜の話の本意はなんだろう?
凜がまた嫉妬してる?
次回「かけがえのない存在」
お楽しみに~




