【21:伊田さんと真田】
神凪神社での伊田さんと広志の会話。
もう少し続きます。
広志が伊田さんに「まだ真田とは付き合えてないの?」と訊くと、彼女は寂しそうな表情で「うん……」と答えた。
「だから今年はなんとしても全国で優勝したいと思って、一年間がんばってきたんだけどね。ここ最近は全然記録が伸びなくて……」
「そっか。だから僕に相談してきたのか」
「えっ? ……ああ、そう。そうなんだよ」
伊田さんは顔をあげて、広志の顔を見た。広志はなんだか変な間を感じて、少し疑問に思ったけど、それは口に出さずに彼女には柔らかな笑顔を見せながら話を続けた。
「真田は、あれかな? 伊田さんの記録が伸びるように、あえてそんなふうに言って、伊田さんのやる気を引き出そうって思ったのかな?」
「私もそうかなって思う時期はあったんだけどね」
「違うの?」
「去年優勝できなかった後くらいに、やっぱ違うんじゃないかって思い始めたんだ」
伊田さんは少し横を向いたまま、寂しそうな表情を浮かべてる。
「なんかさあ、真田君って、すっごい自己中なんだよね。本気で『俺と付き合えるのは凄い女じゃないとダメだ』って言ってるんだと思う」
「いやいや、伊田さんは充分凄い女の子だよ! 陸上は全国レベルだし、すっごい美人だし、明るくて楽しくて性格もいいし!」
伊田さんはふと広志の顔を真顔で見たあと、すっごいテレ顔になって広志の肩を手のひらでバンバン叩きだした。
「だーから、空野君は私を買い被り過ぎだって!! そんなに褒められたら、照れるじゃないかー!!」
バンバン、バンバン、まだ叩いてる。よっぽど照れくさいようだ。
「あ、あの、伊田さん? 痛いんだけど……」
「えっ? ああ、ごめんごめん!」
伊田さんはハッと気づいた顔になって、手を引っ込めた。
「でもさ……惚れた弱みって言うか、それでも全国で優勝して、真田君に気に入られたいってずっと思って、がんばってきたんだけど……この足のケガで、それももう無理だね」
「まだ無理だなんて決め付けなくていいでしょ。きっと早くケガが治って、全国優勝できるよ! そのために御守りを買ったんだし!」
「あ……」
伊田さんは『あ』と言った形のまま口をあけて、広志の顔を見つめてる。そして急に笑顔になった。
「だね! 空野君の厚意を無駄にするようなことを言ってごめん!」
「いや、謝らなくていいから! 伊田さんのケガが早く治って、大会もうまくいったらいいなぁ、なんて思っただけだから」
「うん、ありがと」
「だから伊田さんは僕のこととか、真田のこととか気にしないで、ホントに楽しんで走ってよ」
「わかった。ありがとう。がんばってケガを早く治すよ。そしてやっぱり全国で優勝したい! もちろん自分のためにね!」
伊田さんは笑顔だ。本心から自分のためにがんばろうと思ってるように見える。
「がんばるとか言っても、無理するなよー 伊田さんは一生懸命すぎるんだから」
「あははっ、一生懸命すぎるのは、空野君の方だよっ!」
「いや、そうでもないよ。僕は不器用でおっちょこちょいだから、一生懸命やらないとダメなんだ」
伊田さんは心の底から楽しんでる感じで笑ってる。伊田さんがこの前向きな気持ちを維持できるように、サポートしてあげたいと広志は思った。
「そうだ。伊田さんのケガが治るまで、毎日こうやってカバンを駅まで持って行くよ」
「いや、それはダメだって! いくらなんでも空野君に申し訳なさ過ぎだよっ!」
「でも松葉杖をついて反対側の肩でそんな大きなスポーツバッグを抱えるなんて、重くてバランスが悪くて、足への負担が大きくなるよ。足への負担は、少しでも小さくした方がいいだろ?」
「いや、明日からは部活の道具は持ってこないから、もっと小さくて軽いリュックにするよ。だから大丈夫」
伊田さんの顔を見ると、無理をしてる感じじゃなさそうで、広志は少し安心した。
「そっか、わかった。でも大変な時は無理しないで、いつでも僕を使ってよ」
「わかった、ありがとう。いやぁ空野君って、ホントに優しいな!」
「いやいや、そうでもないけど、とにかく伊田さんが前向きな気持ちになれたらって思ってさ」
伊田さんは優しい笑顔を浮かべて、広志の顔をじっと見つめていた。
それからその日は、二人で神様にお参りをして帰った。
次回は久々に、凜と広志のほのぼの回です!




