【17:駅までカバンを持つよ】
伊田さんのカバンが重そうだから、駅まで持つよと広志が言った場面の続きです。
駅までカバンを持つよと言って広志が手を差し出すと、伊田さんは申し訳無さげに眉を寄せた。
「へっ? いいよ。悪いし」
「遠慮しないでいいよ」
「そんなの遠慮するって」
伊田さんは苦笑いして、両手を横に振ってる。
「何言ってるんだよ伊田さん。いつも急に僕をお茶に誘ったり、相談に乗ってくれとか、部活を見に来いとか遠慮なしに言うくせに」
広志はわざとニヤっと笑って、ウインクした。
「ホントに困ってるこんな時に、遠慮なんかすんな。明るくて素直に気持ちを表現する伊田さんらしくないぞー!」
伊田さんはきょとんとした後、表情を崩して「そっかー空野君、ありがとう。じゃあ遠慮しないでお願いするかなぁ〜」と大きなスポーツバッグを広志に差し出した。
受け取ったスポーツバッグを広志が肩にかけると、思ったよりも重い。
「おわっ」
バッグの方に少し広志の身体が傾く。
「大丈夫? 重い?」
「いや、それほどでもないんだけど、想像よりも重かったから、ちょっとフラついただけ」
「ごめんね。部活のジャージとかスパイクとか入ってるから、重いよね」
(えっ? ケガしてて部活なんかできないのに? なんでだろ?)
「あっ、そうだ伊田さん。僕が伊田さんのカバンを持って横を歩いたら、みんなにどういう関係かって余計な詮索をされるから、少し離れて歩くよ。駅に着いたらカバンを渡す」
「えっ? そんなの空野君に悪いから、気にしなくていいよ」
「でも伊田さんほどの有名人だと、色々噂する人もいるだろし……人気総選挙の結果が悪くなると申し訳ないよ」
「人気総選挙……」
伊田さんは人気総選挙という言葉にピクッと身体を震わせた。
「空野君に悪いから、やっぱり自分でカバンを持つよ」
「だーめ。このカバンはもう僕のモノだ! 駅に着くまで、伊田さんには返してあげないからねー 僕はこう見えて、意地悪なヤツなんだ。返して欲しけりゃ、僕を追いかけて駅まで来るがよいぞよ!」
そう言って広志は伊田さんよりも先に、教室の出入口に向かって歩き出した。
「えっ? ちょっと空野君! ダメだって」
「ダメだと言われると、益々意地悪したくなるなぁ。じゃあお先にっ!」
広志は伊田さんのカバンを肩にかけたまま、教室を出ようとしたけど、後ろで伊田さんが慌てて松葉杖をついて歩き出すのが見えた。広志は振り向いて伊田さんに声をかける。
「あっ、伊田さん。急いで歩いちゃダメだ。ケガが酷くなったり転んだら困る」
「いいや、意地悪な空野君を捕まえるために、全力で追いかけるぞー」
伊田さんはニヤッと笑ってる。広志のノリに合わせてくれてるのか、それともホントにカバンを取り返して、広志に迷惑をかけないようにしたいのか。
「ちょい待ち、伊田さん!」
広志が伊田さんを制するように右手のひらを前に出すと、伊田さんはピタリと歩みを止めた。
「ゆっくり自分のペースで歩くことがルールだ。急いだりなんかしたら、ルール違反とする!」
「ルール違反?」
伊田さんはきょとんとしてる。
「そう。ルール違反をしたら、僕はそのまま伊田さんのカバンを持ち帰って、伊田さんには返してあげない!」
「ええっ? な、なんて空野君って意地悪な人なのっ!? 君はもしかして、悪の組織の回し者かっ!?」
伊田さんは目と口を大きく開いて、大げさに声を上げる。なかなかの役者だ。美人だから、本物の女優のようにも見えてくる。
「そうだ、よく気づいたな。我が輩は悪の組織の……ええっと、超下っ端の……悪野 悪志という者なのだよっ!」
「あ、あくの……わるし?」
伊田さんは込み上げてくる笑いを抑えるのに必死な顔をして、口を押さえてる。『なんだそれっ?』って言いたげだ。だけどすぐにこらえ切れなくなって、「プハッ」と息を吹いた。
「ぶはははー! 空野君って面白いね〜! もしかして厨二病?」
「はっ? 厨二病じゃないとは思うけど……単なるノリだし」
広志はつい真顔に戻って、真剣に答えてしまった。伊田さんに気を使わせないようにと、あえておちゃらけてみたけど、伊田さんはマジで広志がそんなキャラだと思ったようだ。
「いやいや、ほんっとに空野君って面白いよ!」
伊田さんはニコニコしてる。やっぱり笑顔の伊田さんはいつにも増して綺麗で、とっても魅力的だ。伊田さんの笑顔につられて、広志もプッと笑ってしまう。
「それに空野君って……とっても優しい」
伊田さんは笑顔を浮かべながら、突然真剣な口調でポツリと呟いた。
次回第18話『悪野 悪志』
伊田さんと広志のほのぼのやり取り続きます。




