【13:陸上の記録会で伊田さんが……】
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広志が伊田さんの部活を見学に行った所の続きです。
世界高校の競技場、ワールドスタジアムに伊田さんの記録会の様子を見に行ったら、陸上トラックの中にあるサッカーグランドに凛がいた。
凛は広志が伊田さんの姿を眺めているのを見て、少し驚いた表情を浮かべてる。もしかしたら凛は、広志が自分を見に来てくれたのと一瞬思ったのかもしれない。
(あちゃ、凛は気を悪くしたかな?)
今まで広志は凛の部活を見学に行ったことなんかなかったのに、伊田さんの部活を見に来たとなったら……
(いくら他の女の子の相談に乗るのを快く認めてくれてる凛でも、嫌に思うだろうなぁ。あとでちゃんと謝ろう)
しかし凛はすぐにいつもの穏やかな表情に戻って、サッカー部員が練習をしてる方に向いた。
(ごめん、凛)
陸上部の記録会をしばらく見学してると、やがて伊田さんがスタートラインに立った。そして広志の方をチラ見して、微笑んだように見えた。
他に三人の女子選手がスタートラインに並んで、四人で100メートル走を走るようだ。
(がんばれ、伊田さん!)
横に立つ制服姿の女性生徒が、スタートのピストルを上に掲げて、パァーンと鳴らした。
「あっ、スゲェ!」
思わず広志が声に出すほど、伊田さんは他の三人を置き去りにしてスタートダッシュに成功した。そのままぐいぐいと差を広げて、トラックの直線部分を駆け抜けていく。
ピンと伸びた背筋と大きく後ろに蹴り上げるスラリとした脚が美しい。これで調子が悪いなんて信じられないような、力強い走りだ。
誰が見てもこのままダントツでゴールするかに見えた。
「あぁっ!!」
広志は思わず声を上げた。
ゴールの少し手間で伊田さんは脚が絡まったようになって、両手が泳ぐように宙を切る。
急に身体のバランスを崩して、伊田さんは大きく転倒してしまった。
部員達が慌てて伊田さんに駆け寄る。彼女は立ち上がろうとしたけど、どうやら足首を痛めたようで、顔をしかめてそのまま座り込んだ。
(伊田さん、大丈夫かな?)
少し離れたところで、凛も心配そうに伊田さんを見てる。
男子キャプテンの真田が伊田さんに近づいて、何か声をかけてる。伊田さんは泣きそうな顔で、首を横に振った。
真田の指示で二人の女子部員が伊田さんに肩を貸して、グランドの端の方に歩いて行く。彼女は右足をひょこひょこと引きずって、かなり痛そうだ。
もしかしたら、僕が見学してるのを意識したのが転んだ原因かもしれない。広志は申し訳なく思いながら、伊田さんの背中を見送るしかなかった。
真田はすぐに部員達に指示をして、記録会は再開されたけど、広志にはもう記録会を見る理由がない。
伊田さんの所には他の陸上部員がいるだろうから、そこに行くのも遠慮がある。
だから広志はスタンドから表に出て、凛の部活が終わるのを待つことにした。凛にもちゃんと謝らないといけない。
やがて部活が終わり、グランドの出入り口に凛の姿が見えた。マネージャー仲間の女子生徒と二人で出てきた凛は、広志の姿を目にして、目を大きく開いて意外そうな顔をした。
「凛、お疲れ!」
「あれ? ヒロ君、どうしたの?」
「久しぶりに凛と一緒に帰ろうかと思って」
「あっ、そうなんだ。ありがと!」
凛はマネージャー仲間を振り向いて、両手を合わせて「ごめん」と言った。広志も会釈する。
「お熱いね〜! 邪魔者は先に帰るわ〜」
「ホントにごめんね冴恵」
彼女はにやにやしながら、手を振ってさっさと歩いて帰って行く。
(ああ、この子が凛の話に時々出てくる冴恵ちゃんか)
「急にごめんな。凛にも冴恵ちゃんにも悪いことしたなぁ」
「い〜や、全然。冴恵もちゃんとわかってくれてるから大丈夫。冴恵はホントにいい子なんだぁ」
凛の優しい笑顔を見て、二人はホントに仲がいいんだなぁと広志は思う。
「で、どうしたの? ヒロ君が私の部活終わりで待ってるなんて、初めてじゃない?」
「あ、えぇっと……」
二人並んで歩き出してすぐに、凛が訊いてきた。
「伊田さんに依頼されて、記録会を見に来たんだけどさ。久しぶりに凛と一緒に帰りたいなぁって思って」
「ふーん、そうなんだ」
凛は少し微笑んで、広志の顔を見ながら答えた。
「凛、怒ってない?」
「なんで?」
「いや、あの……今まで凛の部活を見学に来たことなんかないのにさ。伊田さんを見に来たから」
「ああ、そういうことね。ぜーんぜん、怒ってないよ。 ヒロ君は今、伊田さんから何か相談を受けてるんでしょ? だから伊田さんの部活を見に来た。違う?」
凛はにこにこしてる。ホントに怒ってないんだろうか?
「でもさ、僕が伊田さんを見てるのに気づいて、凛がびっくりしたような顔をしてたから……気を悪くしたかなって思って」
「ああ、そっか。ヒロ君は私のこと、よく見てるねぇ。確かに最初は私を見に来たのかと思ったら、ヒロ君は伊田さんを見てたからさ……」
「うん、ごめんな」
その時凛は突然立ち止まって、気をつけの姿勢をしたかと思うと、ぺこりと頭を下げた。
「正直に言います! 私、涼海 凛は、ヒロ君を信じてるとか言いながら、伊田さんに嫉妬しちゃいましたっ! ヒロ君、ごめんなさい!!」
「や、妬いた? 凛が?」
「他の女の子と会ってもいいとか言いながら、ホントにごめんね。私ってダメだね」
凛は苦笑いをして、頭を掻いてる。
(凛が嫉妬してくれてたなんて、めっちゃくちゃ可愛いじゃないかーっ!!!!)
広志は頭がくらくらして、胸がきゅーんとなった。
次話は凛ちゃんが可愛いんですよぉ〜
次回「伊田さんに嫉妬した」お楽しみに!




