卑怯な子
槙子はいつだって卑怯だった。
幼稚園の頃から今日までずっと、泣けばなんとかなると思っている。
そしてほとんどの場合、彼女の思い通りにことは収まった。
中学二年の時も、他人の彼氏を奪い取ったなどという事件をうやむやにしたし。
「あれは、違うのに……」
高校二年の今も、泣いてる訴えかけてくる。だからって、すぐには信じられない。
旧校舎の屋上でふたりっきり。相手はボロボロ涙をこぼしている。早く抜け出さないと。
「いやさぁ、別に今さら責めてる訳じゃないよ? 神代さんが何しようと私には関係のない話だし」
「でも、鈴ちゃんには誤解されたくないの。……好きな人には」
槙子はあふれ出る涙を拭おうとしない。私をただ真っ直ぐに見つめた。
彼女が生み出している状況に流されては駄目だ。
泣きながら告白する女の子を断るなんてできない、という状況。
「好きなんて言われてもなぁ。全然接点ないよね、私達?」
「幼稚園からずっと一緒なのに?」
槙子はほとんど私を睨んでいる。弱々しく泣いているはずなのに、その想いは揺るぎないもののように見えた。
いいや、そんなはずない。
「たまたま通ってるとこが同じってだけでしょ? 一緒に遊んだのなんて……」
「小学五年の三月三十日が最後」
「日付まで覚えてんの! 怖っ!」
「怖いは酷い……」
「いや、ゴメン」
とっくに忘れてるはずの三月三十日を覚えていた。
あれはお互いなかったことになってるんじゃ?
「春休みのあの日、鈴ちゃんと私は……」
「昔の話、ほじくり返さないでよ。中学の話を出したのは悪かったし」
私は頭を掻きながらそっぽを向く。槙子の視線から逃れたかった。
「なんで避けるの、鈴ちゃん! 先にキスしてくれたのは鈴ちゃんなのに!」
その痛切な叫びにすぐには応えられない。
だって、私は卑怯だから。
ぎこちなくなっても消えない恋心を、槙子になんか興味はないと誤魔化してきた、卑怯者。
そして、もう一度の勇気が欲しい、臆病者。