姉弟
久しぶりの理沙姉さんとの再会に僕はなかなか泣き止むことができなかった。サークルでの失敗や、そこからの引きこもり、いつの間にか避けていた理沙姉さんへの想い。僕自身の情けない部分や悲しみが複雑に混ざり合って頭の中を犯していた。どれくらい泣いたかはよく覚えていないが小一時間、理沙姉さんは僕を優しくも強く抱きしめてくれていた。
泣き止み落ち着きを取り戻した僕は気まずさから理沙姉さんから離れ、横になってくると言い残し部屋に戻った。引き籠るようになってから、どれだけつらい想いをしても今まで一度も泣いたことはなかった。どうして理沙姉さんの顔を見た瞬間感情が溢れてしまったんだろう。誰に見られるでもないが泣きはらした顔を隠すようにベッドに伏せる。
コンっと軽くノックが聞こえた。
「優理、部屋に入ってもいい?」
突然の姉さんの声に思わずビクつく。さっき泣いてしまったばかりに顔を合わせるのがとても気恥ずかしい。「ど、どうしたの。今は・・・さっきの・・・で恥ずかしいから無理」
「じゃあさ、扉越しでいいからお姉ちゃんとお話ししよ。母さんからいろいろ聞いてはいたんだ。優理が大学に入学して写真のサークルに入ったんだよね。そこで友達のカメラを盗んだって疑いをかけれれて今みたいになっちゃってるんだよね。本当はお姉ちゃん、早く優理に会いに行きたかった。優理が毎日辛いって聞いてお姉ちゃんも悲しかった。優理がそんな悪いことするような子じゃないってお姉ちゃんはわかってるから」
無意識に僕は枕を握りしめていた。疑いをかけられていたことは強くトラウマになってしまっている。サークルの仲間や先輩からの激しい問い詰めや、カメラが無くなってしまった同級生のことを思い出すと手が震える。
「本当に僕は盗っていないんだ。それなのに・・・それなのに僕の鞄の中からカメラが出てきたんだ。そりゃ疑惑も確信に変わるよ。でも、本当に僕はやってないんだよ!」
自然と声が震え大きくなっていた。
「お姉ちゃんは信じてるから。きっと誰かが優理の鞄に入れたんだよ」
「誰かが入れたのは間違いないけど、誰がやったかなんてわからないしメリットもない。もともと人と接するのが苦手で、それを直したくてサークルに入ったのに・・・。もうさんざんだよ」
ガチャりとドアノブが回され理沙姉さんは部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっと、何部屋に入ってきてるの!?」
慌てて掛け布団をかぶり身を隠す。
「私、決めた。これから優理の心のケアをする。とりあえずこっちに戻ってきたけど、まだ仕事も決まってないし2、3ヶ月くらいなら働かなくても貯金あるから仕事を探しながら優理のお世話もしてあげよう」
理沙姉さんはしゃがんで僕の目線のやや上に顔を近づける。いや、近いって。だめだよ。理沙姉さんは遠い初恋の相手なんだ。結局誰にも言ってないけど、いまでもドキドキしちゃうから離れてよ。
「僕なんかのために理沙姉さんの時間を割くのはもったいないよ。昔から勉強もスポーツも才能があって、人望にも恵まれてた。この前まで大手企業で働いて立派に自立してたじゃないか。理沙姉さんは自分の人生を歩まないといけないんだよ」
「私の求めてる人生は大切な人が笑顔でいてくれることだから。だから、優理にもまた笑顔になってほしい。そのためなら大手辞めて田舎で弟の面倒見るのも全然嫌じゃないよ」
理沙姉さんは笑顔で僕を覗き込む。僕が理沙姉さんにとって大切な人・・・か。家族としてって分かってはいるけど言われると嬉しい。いつからか僕のほうから理沙姉さんを遠ざけてきたのに、いつも優しく温かい存在だった。きっと、それは今も変わってないんだよね。
「今はゆっくりでいいから自分から私と目を合わせて会話をできるくらいからを目標にしようか」
「理沙姉さん、ごめん。こんな・・・僕で」
被っていた掛け布団に体重がかかる。さらに僕の両側から優しく圧力がかかる。また理沙姉さんが抱きしめてくれてるんだ。
「そんなに自分を卑下しないでいいんだよ。あと、呼び方だけど昔みたいに呼んでほしいな」
「昔みたいって?」
「もう、忘れちゃったの?お姉ちゃんって呼んでくれてたでしょ」
そうだった。幼いころから理沙姉さんへの感情が恋ということに気付くまで僕は『お姉ちゃん』と呼んでたんだ。
「今になってお姉ちゃんなんて恥ずかしいよ」
「『理沙姉さん』って呼ばれるの壁を感じるから嫌なの。お姉ちゃん呼びが嫌なら『理沙ちゃん』でもいいけど?」
にやりとしながら僕を指先で突くの止めてもらえませんかね。
「わかったよ・・・。呼び方戻します」
「じゃあ試しに呼んでみてよ」
「今?」
「そう。今。NOW」
「お、おねえc・・・」
「えー、声が小さくてよく聞こえないなー。しっかり聞こえるまで呼んでもらうからね」
いたずらな笑顔が掛け布団の隙間から見える。どうしよう心拍数が上がってる。
「お、お、お、おね・・・。お姉ちゃん!」
「なぁに、ゆうちゃん」
ゆ、ゆうちゃん!?これもその時に呼ばれていた呼び方じゃないか。待って、ゆうちゃん呼びは聞いてないよ。
「はぁい!」
変に声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
「いい?これからはずっとこの呼び方だから。勝手に姉さんなんて戻さないでよ?」
「わかりました・・・」
「じゃあ、とりあえずご飯の支度してきちゃうね。ご飯できたらまた呼びに来るから」
理沙姉さ・・・いや、お姉ちゃんはくるりと方向を変えてキッチンへと向かっていった。だめだ、変に意識してしまっている。呼び方が戻ったと同時にあの時の感情までフラッシュバックしちゃってる?変なことは考えないようにしないと。適当にネットでアニメでも漁って気を紛らわそう。
※
「あ、お母さん。優理なら私がちゃんと面倒見るから大丈夫だよ。元からお婆ちゃんの介護で実家に戻らないといけないの優理に隠して人が悪いんだから。お父さんと協力してそっちはお願いね。また何かあったら連絡するね。じゃあね」
お母さんとの電話を簡単に終わらせてご飯の支度を始める。ゆうちゃんの為を思ってお母さんは実家に帰ることを当日まで本人に黙っていた。元々私もゆうちゃんに会いたい気持ちが大きかったから数年で地元の営業所に転勤できればと考えてたけど、待ちきれなかったよ。ゆうちゃんと二人きりで暮らせるチャンスが巡ってくるなら仕事を辞めても後悔はない。こんなにもうまくいくなんて。私達の同棲は始まったばっかりだからね、ゆうちゃん。