再会
話しも構成も人様にお見せできるレベルではございませんが、一人でも面白いと思っていただける方がいてくれたら幸いです。
1
トントン、と僕の部屋はノックされた。これは決まって毎日12時と19時の恒例行事だ。今はおそらく12時だろうか。カーテンを開けると曇り空にうっすらと陽が顔を出していた。
ベッドから降り部屋の扉を開けると足元に今日の昼食が置いてあった。せっかく大学に受かったというのに不登校からの引きこもりになってしまい母さんには申し訳ない。引きこもりになって一ヶ月はさんざん声をかけられてきたが今ではすっかりご飯を置きに来るだけだ。
ご飯をテーブルに置きパソコンをスリープから起動する。だらだらとネットサーフィンをしつつ焼きそばをすする。某動画投稿アプリでは僕と同じ大学生であろうか、楽しそうに友達と悪ふざけをして人生を楽しんでいる。こんなはずじゃなかったんだ。僕だって普通に大学生活を送ってそれなりに楽しい毎日が待っていたはずだったんだ。あんなことさえなければ。ディスプレイを消し、再びベッドに横になり天井を見つめる。
2
「優理、ちょっと話があるんだけど」
母さんのいつもよりやや大きなノックに僕は意識を覚醒させられた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。もう19時かと思いスマホを確認するが、まだ15時を過ぎたあたりだった。風呂とトイレ以外完全に引きこもるようになって二ヶ月が過ぎようかという時だったが、久しぶりに画面外で人の声を聞いた。いつもなら僕に呆れて話しかけてくることなんて無いはずなのに一体どうしたんだ。
「ど、どうしたんだよ・・・」
僕自身も久しぶりに声を出したせいか思ったより小さい声量だった。
「今の生活を続けてても、優理のためにならないと思うの」
またか。最後に話しかけられたときもそうだったけど、僕はこの部屋から当分出る気はないよ。
暫く僕は無言に無音の態勢をとる。
「お母さんは実家に帰るね。このままだとどんどん優理が社会に出ることができなくなる。だから、これからは一人で生活してちょうだい。お金も自分でアルバイトでもいいから稼いで自立できるようになってほしいの」
おいおい、待ってくれ。唯でさえ家族とも会話がキツイというのに、家から出て外の人間と触れ合わなくちゃならないのか。無理だ、今の精神状態ではこれほどの拷問に僕は耐えられない。
「そんな勝手なこと言うなよ。いきなりすぎる。もう少し心の準備がしたい」
「お母さんはここ数ヶ月ずっと我慢してきた。学校に行かない、働きもしない、返事もしないで引き籠るだけ。もう我慢の限界だよ。もう今晩から実家に帰るから。お父さんも一緒に行くから一人でなんとかして」
「ちょ、ちょっと待って」
僕の精一杯の声もむなしく母さんは階段を下り家を出ていった。洒落にならない。どうしよう・・・。どうやって一人で生きていけばいいんだよ。部屋に静寂が訪れたことで置かれている状況の危機感がじわじわと僕を焦らせる。
部屋を出て僕は冷蔵庫まで走った。ところどころ食料はありそうだが、料理ができないのでインスタント物以外は生で食べるなり簡単に炒め物がするくらいが限界だろう。うーん、1週間持つだろうか・・・。
ピンポーン。これからの生活に大きな不安を抱いていたその時、不意にチャイムが鳴った。こんな家に誰もいないときに来客かよ。最悪だ。無視してしまおう。
ピンポン、ピンポン。息を殺して様子を伺っていると再びチャイムが鳴らされた。
恐る恐るディスプレイに目を向けると、そこには美しい女性が映っていた。その人のことを昔からよく知っている。身内でありながらもドキドキしてしまうくらい美しいその人は僕の大好きな姉だ。でもなんで。だって上京したんじゃなかったの、理沙姉さん。
扉を開けようか迷っていたその時、ガチャガチャと扉の鍵は開けられた。
「あれ、優理じゃん。引きこもってるって聞いてたのに部屋から出てるじゃん」
「えっと・・・その。あの・・・」
「なにどもってるの。ってか、ただいま」
笑いながらキャリーバッグ置き理沙姉さんは僕を見ている。
「えと、お帰り・・・なさい」
「部屋から出て、一歩前進だね。よしよし、いい子だ」
下手くそな返事しかできない僕を、遠い初恋の相手はワシャワシャと頭を撫でてくる。
「今日から私この家で暮らすから。また姉弟仲良くやっていこう」
「え、どういうこと。理沙姉さんは大学出てそのまま東京で就職したんじゃなかったの」
「そうだったんだけどね。地元に帰りたくなっちゃって仕事辞めてきた。でも学生の頃からの貯金はあるから少しなら余裕あるよ。落ち着いたらこっちで就職する。そういえば、母さんいないけど今日はパートでてるの」
「言いづらいんだけど、僕が引き籠ってたから呆れて実家に帰っちゃって。父さんも一緒に行くっていう話らしいよ。」
「ふーん。今はこの家は優理だけなんだ」
一瞬理沙姉さんの口元がにやりとした気がした。
「僕しかいないから父さん母さんに会いたかったら婆ちゃんの家に行きなよ」
「そのうち行ってみる。まずは疲れたから家でゴロゴロするわ」
「そっか。僕は部屋に戻るから」
幼少期だかだったが憧れていた姉さんに内心ドキドキしつつ部屋に戻ろうと後ろを向く。すると、僕の右手が姉さんに掴まれる。
「まだ目を見てくれないけど、ちゃんと人と話せるようになったんだね」
足を止められ理沙姉さんに抱きしめられる。顔が熱い。僕よりも数センチ低い姉さんが玄関の段差もあり背伸びをしてやっと僕に掴まるようにぎゅうっと抱きしめてくる。なんでだろう、僕は涙が止まらなかった。
「お姉ちゃんが帰ってきたから。もう大丈夫だよ。よしよし」
幼かったころを思い出すように僕は静かに泣きながら抱きしめられていた。