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私はラスさんの代わりに食器を洗ったあと、ヒューさん、ミレイさんと徒歩で出かける。
感じの違う金髪美人二人に挟まれると、すごく身の置き所がない……
「机と寝台はあるし、棚はそのうち作ってもらうから家具はいいとして、まずは寝具かしら?」
「そうですね、荷物持ちは任せてください」
背の高い二人の会話が、頭の上でぽんぽんと弾むように流れていく。
って……作る?
「あの、作る、って」
不思議に思って会話に入ると、ああ、と二人して笑った。
「ラスはね、そういうのが好きなのよ。そのうち聞いてくるだろうから、好みを言えばそんな感じに作ってくれるわよ」
器用だと言っていたけど、そういうのも得意なんだ。
流石に本職には適わないそうだけど、ミレイさんの部屋の棚とか小さい机は、ラスさんが製作したもので。
とはいえたくさんつくっても使うわけではないので、最近は大物ができないとふてくされていたらしい。
そこに私がやってきたから、きっと大喜びで色々作りたがるだろう、とのことだった。
「ですから、遠慮せずに頼んでいいですよ、そのほうがアイツも喜びますから」
細かければ細かいほど、やる気が出るらしい。
にこやかなヒューさんに、わかりました、とうなずいておく。
本当にいいなら、奥様の部屋とかにあった、くるっと曲がった脚の化粧台とか、ああいうのがちょっとほしい。
正直に言うと、いいんじゃないかと二人とも言ってくれたので、ラスさんに注文してみよう。
そんなことを話しているうちに、商店の連なる通りにやってきた。
表の大通りは通りに面して店が広く開いている形なので、小さな日用品や食料品、屋台が多い。
こちらの大きな通りは、ちゃんと扉が設置されていて、食器や寝具などの、生活用品だけど、野ざらしにできない店が並んでいる。
その中の寝具店に入って、まずはカーテンやシーツを選んでいくことになった。
「好きな色にしたほうがいいわよ、気分も上がるし!」
ミレイさんに言われながら、たくさんあるシーツを前に悩んでしまう。
好きな色……なんて、今まであんまり考えたことはなかった。
だからとりあえず色々眺めていると、気になったのは淡いピンク色。
「これがいいです、汚れも目立ちにくいし」
「……そこは重要だけどあんまり考えなくてもいいんじゃ……いやまあトゥーリちゃんがいいならいいけど」
ミレイさんは微妙な顔をしていたけど、じゃあ似た色味でそろえようということになり、寝具一式とカーテンを買った。
値段に関してはヒューさんがこれなら問題ないというので、安心できた。
あまり買い物をしたことがないから、相場がわからないんだけど……早く覚えなくちゃ。
それから、私用のタオルなども買ってもらってしまった。こっちもピンク色で統一されている。
私は遠慮したんだけど、ヒューさんがいいと言ったので、ミレイさんがさくさく探して一緒に精算してしまった。
次にむかったのは生活用品のお店。
食器類はとりあえずあるから後回しにするということで、櫛やらを買いそろえる。
「あとは服ですが、その前に昼食にしましょう」
ヒューさんの提案で、今度は飲食店の多い通りへ移動する。
中はお昼を食べるひとでいっぱいで、あまり大人数のいる場所にいたことがない私は、ちょっと気後れしてしまう。
二人は隅のほうの席を見つけてくれて、そこに連れて行ってくれた。
「適当に注文しちゃっていい?」
メニューを見ても、なにが食べたいかは浮かんでこない。
選ぶことがほとんどなかったから、どれもこれも目移りしてしまって、困っていると、ミレイさんが助け船を出してくれた。
お願いしてしまうと、二人は結構な量を注文する、でも、多分二人だけで食べきれるんだろうなぁ。
大皿に盛られた料理がやってくると、二人して私のお皿に色々よそってくれる。
「あ、あの、自分でできますけど……」
思わずそう口にしてしまうくらい、二人はおいしそうな場所ばかり切り分けたりしてくれて。
いつも食べてるところだからと押し切られて、結局それをもらってしまう。
ただ、加減してくれていても量が多くて、全部は食べきれなかったけど……
私が残した分は二人がきちんと食べてくれて、残ることはなかった。
「さて、あとは服ですが、これは女性だけのほうがいいでしょう」
ヒューさんはそう言って、荷物を持って先に帰ってしまった。
ミレイさんに財布を渡して、ざっくりした予算を伝えると、遠慮しないで買ってくださいね、と綺麗に微笑んだ。
下着とかもあるから、気を遣ってくれたんだろう。
いくらヒューさんが女性より美人でも、流石に恥ずかしいから、正直ほっとした。
なので午後はミレイさんと服屋に行き、いくつか服を買った。
シジェス様の邸では、特に服装に決まりはないらしいので、動きやすいものを何枚か仕事用に選ぶ。
それから、ミレイさんに押される形で、二枚ほど綺麗なお出かけ用も選んだ。
そっちは仕事着より当たり前だけど高価で、すぐ辞めちゃうかもしれないのにと勿体ないからと遠慮したんだけど、あんまり安っぽすぎる服で外出すると、変な輩に狙われるかもしれないからと説得された。
……実際狙われてしまったし、あの時は本当に恐かったので、それ以上なにも言えなくなってしまう。
「まあ、基本的にトゥーリちゃんを一人で外出させる気はないけど」
王都とはいえ、決して治安がいいわけではない。
ほんの数年前まで戦争があったし、王宮内も派閥とか、色々あるのだそうだ。
「でも……それじゃ、迷惑になりませんか?」
いちいち一緒にきてもらったら、折角のみんなの休日が潰れてしまう。
だけどミレイさんは、全然! と笑顔を浮かべた。
「四人もいるんだから、一人くらい暇なのがいるわよ。あたしはトゥーリちゃんとなら、毎回でもいいし!」
四人って……シジェス様まで数に入れていいのかな。
一応ご主人様のはずなんだけど……
「なにせ女はあたしだけだったから、こういう買い物とかもずっと一人だったのよ、だからとーっても嬉しい!」
下着や寝間着を選ぶ間も、ミレイさんはとても楽しそうにしていた。
元軍人ということもあってか、あんまり友だちはいないらしい。
主人に付き添う給仕係の中には、他の家のひとと友人になったりするけど、そうでない場合は、大体邸の中での交友関係が主になる。
仕事で王城に行くから、全然いないってことはないだろうけど……
いそいそとかわいい寝間着を選ぶミレイさんは、お姉さんがいたらこんな感じなのかなと思わせる。
「化粧はまだいいだろうけど、お手入れは大事よ!」
と断言した彼女は、その後化粧品とか、そういうのを扱っている店に私を連れて行った。
石鹸とかは邸にもあるだろうし、と思ったけど、いい香りの石鹸を出されたら、ついかわいいと思ってしまって。
薔薇の形になっているそれを、つい買ってしまった。
他にもいくつか買ったあと、最後に連れて行かれたのは小物屋。
髪の毛を結うものなどを選んで、ちょっと飾りのついたピンも気づいたら籠に入っていた。
「あたしはこういう系似合わないんだけど、好きだから、つけてくれると嬉しいな」
なんて頼まれたら、断れるわけがなかった。
そんなこんなで買い物が終わったころには、日が落ちそうになっていて。
でも、ミレイさんと一緒だからちっとも恐いと思わずに、邸まで帰ることができた。