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目を覚ますと、私を抱えこんでいたミレイさんはいなくなっていた。
ちょっとぎゅうぎゅうだったけど、暖かくて気持ちよかったなぁ……
でも、どこへ行ったんだろう、まだ結構早い時間なのに。
昨日のワンピースを着て身支度を整えてから、カーテンを開けると、庭にみんながいるのが見えた。
慌てて下へ降りると、みんな動きやすそうな服を着ている。
「おはようございます」
入口から声をかけて近づくと、すぐ走ってきたのはミレイさん。
「おはよう! まだ寝ててよかったのに、起こしちゃった?」
ということは、みんなも起きてからそんなに経ってないのかな。
心配そうなミレイさんに、大丈夫ですよ、と返す。
邸ではこのくらいの時間から働いていたから、目が覚めてしまうのだ。
旦那様が出かけるまでに、ドアから門まで綺麗に掃除しておかないと怒られたし……
「これからなにをするんですか?」
手伝ったほうがいいのかと思ったのだけど、答えは予想外のものだった。
「朝の鍛錬だよー、きみも参加する?」
のほほんとしたラスさんの言葉に、首をかしげてしまう。
鍛錬って私が参加できるものなんだろうか。
「準備運動だけなら、トゥーリでも大丈夫だ。少しやってみるか?」
「はい」
よくわからないけど、みんながやるなら一緒にやってみたい。
シジェス様の言葉に甘えて、準備運動というのをはじめることにした。
ひとつずつ教えてもらって、腕を伸ばしたり、足を曲げたりしていく。
一通りこなしたら、結構身体も温かくなってきた。
「トゥーリはこのくらいで止めておくように。あと、汗もすぐに拭くこと」
同じ運動をもう一度はじめながらのシジェス様に言われて、そばに置いてあったタオルを借りる。
ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうから、らしい。
一緒にやろうとしたけれど、最初からやりすぎるとよくないから駄目だと言う。
近くのベンチに腰かけて見ていると、ぎこちなかった私に比べて、みんなは綺麗に動いている。
無駄がないっていうか、流れるようなっていうか……すごいなぁ。
運動が終わると、今度はみんな、それぞれ武器を持ちはじめた。
ちょっとびっくりしたけど、軍にいたのだからと思い出す。
よく見ると刃の部分も木でできた木刀だ。
シジェス様だけは杖だけだけど、昨日もそれで助けてもらったから、今の武器はあれなんだろう。
ラスさんとミレイさん、ヒューさんとシジェス様で分かれて、打ち合いがはじまった。
正直、速すぎてよくわからない……
ガンガンという激しい音がして、みんなの立っている位置もすぐ変わる。
はじめて見る戦いというものから、目が離せなかった。
どれくらいやってたかはわからないけど、不意にみんなの動きが止まって、終わったんだと知った。
みんなはタオルを手にして、がしがしと汗を拭っている。
「毎朝のことなので、朝食は昨夜の残りなんです、飽きるかもしれませんが……」
ちょっと申しわけなさそうなヒューさんに、いいえ、と首をふった。
お屋敷では大体毎日同じものを食べていたから、文句なんてあるわけない。
たしかにこれだけ動いたあとで、朝食をつくるのは大変だろう。
「それなら、今度から私が用意しておきましょうか?」
訓練全部には参加できないから、みんなが練習している間に、温めたりしておけばすぐ食べられる。
ラスさんの負担も少しくらいは減らせるはずだ。
私の提案に、シジェス様はちょっと迷ってから。
「……無理のない範囲でなら」
と、許可を出してくれた。
じゃあやりかたを教わろうと、ラスさんと一緒に台所へ行く。
台所は結構広くて、設備もそろっていた。
これなら、色々できそうだから、料理長のおじさんに習った調理法が試せるかもしれない。
おじさんはたくさんの料理を知っていたから、頼んでこっそり書き写しておいた。
紙を手に入れるのが大変で、あまりいい状態じゃないから、そのうちお給金が出たら、綺麗なのに写しておきたい。
使いかたを教わりつつ、シチューを温め直していく。
昨夜と同じでおかわりをたくさんするけど、あれだけ動いたら当然だろう。
あらかた終わったところで席を立ち、全員分のお茶を煎れる。
棚に手つかずのお茶があったから、それにしてみた。
「あ、おいしい」
ミレイさんが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「こういうのめんどうだから、煎れてないんだよねぇ」
ラスさんもにこにこと砂糖を大量に入れながら笑っている。……甘党なのかな。
たしかに、おいしく煎れようとすると、ちゃんとカップを温めたり、蒸らし時間をきちんと計らなきゃいけない。
でも、それをするだけの価値はあると思うし、喜んでくれたみたいで嬉しい。
「トゥーリ、今日の仕事は、君の部屋を用意することだ」
なにも入れずに飲んでいたシジェス様はが口を開く。
部屋はいくつも空いているから、そのうちのひとつを宛ててくれるらしい。
寝台とかは一応あるらしいけど、細々したものは置いていないのだとか。
「だから、必要なものをこのあと買いに行くといい。ミレイとヒューが一緒に行く」
もう決まっていたらしく、二人ともよろしくね、と言ってくる。
すごくありがたいけど……いいんだろうか。
もしかしたら少しの間しか働かないかもなのに、一式用意してしまうなんて。
「元々、もう少し経費を使えと怒られているので、大丈夫ですよ」
そのためにわたしが同行するんですよとヒューさんが微笑む。
この邸のお金の管理をしているひとが一緒なら、無駄遣いはしないし、させないということだろう。
甘えてしまうのは申しわけないけど……私はこくりとうなずいた。
ラスさんはというと、シジェス様と一緒に登庁する。
「それなりに高給取りだから、遠慮なく買うといい」
冗談か本気かわからないことを告げて、二人は先に王城へとむかっていった。