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7

 ミレイとトゥーリが出ていった食堂では、他の三人が黙ってすわっていた。

 と、やおらラスが立ちあがり厨房へ消えて、しばらくすると手に酒瓶を持ってもどってきた。

 無言でグラスを各人の前に置くと、酒を注いでいく。

 男三人は無言でそれを一気に飲むと、ほぼ同時に嘆息する。

「ひどい話だねぇ」

 吐き捨てるように呟いたのはラスだった。

 ヒューも深くうなずいて、手酌で次を注いでいる。

「……私もあそこまでとは思わなかった」

 シジェスが呟き、食堂には陰鬱な空気がたちこめる。

「……ヒュー、念のためリヒャルド家を調べてくれ」

「はっ」

 彼女の言葉に嘘は見えなかったし、伯爵家と自分は特につながりもない。

 思うところあってもぐりこんだ可能性はゼロに近いが、確認はしておいたほうがいいだろう。

 情報は持っていて損はないものだ。

 この調子なら、伯爵はいなくなった彼女を探すことはしないだろう。

 だが、なにかの拍子に彼女の存在がバレて、うるさく言われてはかなわない。

 先の内戦で効を立て、それなりの地位にいるが、所詮は官僚。

 貴族になんの手札もないまま楯突いては、無事にすむはずがない。

「彼女にさせる仕事はお前たちに任せるが、無理はさせないこと。明日は彼女の部屋の支度にあててくれ」

「かしこまりました」

 手が足りていないのは事実だが、三人でも回ってきたのも事実だ。

 だから当座は、様子を見るほうが先決だろう。

 彼女は周囲からの暴言によって自分を過小評価しているようだが、あの年齢であれだけ喋れれば、決して無能ではない。

 美人でもないと罵られたようだが、特に醜いわけでもない。伯爵の期待が高すぎただけだろう。

 焦げ茶の髪の毛に、くすんだ赤い瞳は、どこか小動物を思わせる。

 たしかに貧相な印象を受けたが、それは痩せすぎた体型に白すぎる顔色などによるものだろう。

 不安げな表情は食事をした時などの一瞬しか晴れることはなかった。

 あの場で保護できなければ、どんな目に遭っていたかと思うと、憂鬱でため息ばかりが出てしまう。

 救えてよかった、と心から思った。


「失礼します」

 巡に入浴をすませ、再び酒を飲んでいたところで、ミレイがやってきた。

 ラスがグラスを置いたが、彼女は首を振り、着席もしない。

「トゥーリの状況は?」

「一緒にベッドに入ったら、すぐに眠りました。ですので、報告をすませたらすぐにもどります。酒も、匂いで起こすわけにはいかないので」

 なるほど、と納得し、立ったままでの報告を許可する。

「ろくな目に遭っていないのは事実のようです。雑談した内容と……」

 ミレイはそこで言いにくそうに言葉を濁したが、やがて顔を上げた。

 そこには、明らかな憤りがあった。

「身体のあちこちにアザや傷がありました。大きなものはありませんでしたし、骨折もなさそうですが」

「最悪ですね……」

 思わず、といった様子でヒューが呟く。

 恒常的に暴力を受けていたのだろう。相手は同じ給仕係か、それとも奥方たちか。

「どうやら料理長が隠れてよくしていたようで、食事はそれなりに食べていたようですが、あまり栄養状態もよくないです。おそらく、実年齢より低く見えているのではないかと……」

 しかも、毎晩床で寝ていたとつけ加えられて、普段はほぼ無表情な主さえ眉間に皺を寄せた。

 ヒューに至っては無言でがばがば酒をあおっている。

「わかった。ミレイは引き続き、彼女を見ていてくれ。無理をさせないように」

 シジェスは簡潔にいくつかの命を彼女にすると、ミレイはさっさと部屋にもどっていった。

「ヒュー、そろそろ止めておけ」

「……はい」

 酒瓶が空になったところで声をかけると、渋々うなずかれた。

 話すべきことは終わったので、そのまま解散にする。

 シジェスも休むべく二階へ上がり、反対側の廊下を見つめた。

 その一室では、ミレイとトゥーリが眠っている。

「……せめて、よい眠りならいいが」

 けだるげに呟いて、彼は居室のドアを開けた。

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