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「それなら、ここで働けばいいじゃない」
名案! と声をあげたのはミレイさん。
え、と目を瞬いていると、他の二人もそうだな、と相づちを打っている。
「人手不足だしねぇ」
「そうですね、もう一人いてくれればと思うことも多いです」
賛成してくれる雰囲気に、もしかして、と期待したのだけれど、
「たしかに、人出は欲しいところだが、こういう家だから誰でもいいわけでもない」
たしかに、使用人と一緒に食事とか、砕けた雰囲気とかは、はじめて見たものだけど。
でも、旦那様のところみたいな閉塞感もないし、ぴりぴりした緊張もない。
いきなり殴られたりもしないし、みんなちゃんと私のことを見てくれている。
当たり前のことだけど……私にとっては当たり前じゃなかったことだ。
「……もう少し普通の邸のほうがいいだろう」
シジェス様は少し低い声で呟いた。
私じゃ駄目ってことなのかと落ちこんでしまいそうになるけど、そうじゃないみたいで。
今までいた場所と違いすぎるからと心配してくれているらしい。
シジェス様に気を遣われたとわかって、あせって首をふる。
言いたいことを急いでまとめなきゃと思うと、ますます頭がまっしろになる。
だけど、はやく言わなきゃ、どんどん勘違いをさせてしまいそうだ。
「あの……お礼もしたいですし、私でよければ働かせてください」
きっと、お返しなんていらないと言うだろう。
だったら、せめて働いて恩返しをしたい。
私が必死に訴えると、シジェス様は迷うように視線をさまよわせた。
けれど、他の三人は口々に、いいじゃないですか、と言うばかりで、シジェス様の味方にはなってくれなかった。
主に対して反対するなんて、と思うけど、この家ではこれが普通みたい。
たっぷり悩んでから、シジェス様はわかった、と呟いた。
「それなら働いてもらおう。……だが、もし途中で他の道を探したくなったら、遠慮なく言うように。……これはトゥーリが邪魔だから言うわけではない。選択肢があるのだと、わかってほしいからだ」
噛んで含めるような調子で重ねられたけど、正直ぴんとこない。
今まで私は、そんなふうに、選ぶことなんてできなかった。
ただひたすら、与えられた仕事をこなすだけで精一杯で……選択なんて、したこともない。
なんのとりえもないし、役立たずだから、むしろ、ここで働いても呆れられるかもしれない。
そうして追いだされたら……嫌だな。
ちょっとの間しか過ごしてないけど、みんな優しそうだし、一緒に食べたごはんはおいしかったから、できればここにいたいんだけど。
「トゥーリ」
ぐるぐるしていると、シジェス様に呼ばれた。
顔を見ると、やっぱりあんまり変化はなかったけど、なんだか心配されてる気はした。
「君はまだ子供だ、無理をすることはない。と言っても、今はまだ難しいだろうが……」
──子供。
そんなふうに言われたのも、久しぶりだ。
たしかに私はまだ成人もしていない。あ、そういえばまだ年齢を言ってなかった。今度ヒューさんに伝えておかなきゃ。
「まあ、やってみなければわからないこともあるだろう。とりあえず今日はゆっくり休むように」
「はい、わかりました」
「じゃあ行きましょ! トゥーリちゃん」
ミレイさんに促されて、私たちは先に退出する。
それからお風呂に行って、使いかたを教えてもらいながらミレイさんと一緒に入った。
彼女はすっごく整った身体をしていて、思わずじっと見てしまった。
すなおに綺麗だと言うと、ミレイさんはちょっと困ったように笑った。
「ありがと。でも、筋肉ついてるから、綺麗っていうのとは違うと思うけどね」
「そんなことないです」
たしかに、母と比べたらあちこちしっかりしてるけど、ムキムキってわけでもない。
胸は大きいし腰も細いし、大人の女性って感じだ。
ミレイさんは世話焼きみたいで、私の背中を流したあと、髪の毛まで洗ってくれた。
上がってからもタオルでしっかり乾かしてくれる。
適当に自分で髪の毛を切っていたとうっかり漏らしたら、絶叫してたけど。
今日は時間がないから、明日にでもちゃんと切るわよ! と宣言された。
こんなふうに喋るのは、母が亡くなってからはじめてかもしれない。
厨房の料理長とは会話してたけど、料理長はおじさんだったし、見つかったら怒られるから、それほどじゃなかったし。
そうして色々聞いたてわかったことがいくつか。
シジェス様はもともと軍にいて、ミレイさんたちはその部下だったという。
戦で功績をあげていたけど、ある時、シジェス様が怪我をしてしまった。
杖をついているのは、その時の後遺症らしい。
その後も軍略で隊を率いて戦っていたけど、流石に難しくなり、頭脳を買われて官吏になり、邸ももらうことになった。
その際、ミレイさんたちは自分から志願して、シジェス様についていくことを選んだ。
……だから、今まで見たのとはちょっと違った関係なんだ。
でも、そういうのっていいなと思う。
短い間しかまだ見てないけど、お互い信頼しているのがわかったし。
話しているうちに髪の毛も乾いたので、部屋にもどった。
そうしたら、ミレイさんは当然のようにベッドに私を押していった。
「ここはミレイさんの部屋なんですから、ベッドは使えません」
「でも他に寝るところなんてないし、疲れてるんだからダメよ!」
たしかにソファとかはないけど、でも。
「前のところでは床で寝ていたので、毛布さえあれば大丈夫ですよ?」
カーペットも敷いてあるから、そんなに寒くないだろうし、全然平気だ。
だから床で、と言おうとしたら、ミレイさんが青ざめていた。
「トゥーリちゃん……なんで、床で寝てたの?」
質問されたので、すなおに答えることにする。隠しごとはしたくないし。
「母と私に与えられた部屋は、もとは物置だったところで。ものが置いたままだったし、狭くてベッドが入らなかったんです」
だから、毛布にくるまって床で眠るのが当たり前だった。
他のひとたちは四人部屋とかで寝ていたけど、部屋がもうないから、って。
私が説明すると、ミレイさんはうう、と唸っていた。
「……じゃあ、一緒に寝ましょう。これ以上は譲らないわよ」
妥協案よ、と言われて、しかたなくうなずいた。
申しわけない気がするけど、ミレイさんは絶対私を床で寝かせたくないらしい。
幸い、ベッドは二人でもぐってもなんとかなる大きさだった。
あとは私の寝相が悪くなければいいんだけど……
狭いので必然的にぴったりくっついていると、ミレイさんの温もりが伝わってくる。
母が生きていたころは、こうして眠っていた。
優しくて、暖かくて、それがあったから、つらくてもなんとかやっていけた。
懐かしい気持ちに浸っていたのはちょっとの間で、私はすぐに寝入ってしまった──




