5
「ええと……私は、伯爵家の旦那様と、女給の母の間に生まれました」
いわゆる、お手つきというやつだ。
母は私の目から見てもかなりの美人だった。
綺麗な銀髪に、赤バラのような瞳の色、すらっとした身体で、私くらいの子供がいるとは思えないほど若く見えた。
私が生まれて、どういういきさつがあったのかはわからないけれど、母はそのまま伯爵家で女給として働き続けた。
そして私も、働けるようになったら、すぐ雑用を言いつけられるようになった。
「奥様は、私たちが邸にいるのが目障りだったみたいです」
夫を奪った女なのだから、当たり前だろう。
奥様には色々ひどいことをされた。たくさん仕事を押しつけるのは当たり前で、よく罵倒もされたし、ヒールの靴で踏まれたりもした。
なにか嫌なことがあると呼びつけられて、理由もなく叩かれたりもした。
そんな奥様に睨まれたら大変だと、他の使用人も私たちには関わらないようにしてた。
それどころか、一緒になって意地悪をしてきたひともいた。
母と一緒だったから、なんとか耐えていられたけど……
「……でも、数年前に母が亡くなって」
私は一人ぼっちになってしまった。
旦那様はきちんと葬儀をしてくれたけど、それだけだった。
私の立場は変わらなくて、女給として毎日仕事をする日々が続いた。
奥様も相変わらずでつらかったけれど、一応食事は出るし、屋根のある場所で眠れるし、厨房の料理長だけはこっそり優しくしてくれたから、がんばれた。
「そんなある日、突然旦那様に呼ばれて、教育を受けろと、命令されました」
掃除以外ではじめて訪れた旦那様の部屋で、旦那様と家令さんの前に立った時は、とても緊張した。
読み書きとマナーを覚えろ、といきなり命じられて最初は意味がわからなった。
でも、理由を問いかけられる雰囲気ではなかったし、命令だけしたらすぐ出て行けと言われた。
断れるわけはなく、部屋を出たらすぐ先生というひとが待つ部屋へ行くことになった。
その日から、午前中は書斎の近くの一室で勉強をして、午後は女給の仕事をした。
はじめは、旦那差が私を娘として認めてくれたのかと思ったけど、それ以外の待遇はなにも変わらなかった。
仕事を減らしてくれることもなくて、淡い夢はすぐにかき消えた。
でも、がんばればもしかして……と期待して、私は必死に勉強した。
そのせいで奥様や、奥様のお子様にますますいじめられた。
先生がきている間はなにもしてこなかったけれど、帰ったあとはすぐ部屋から追いだされたし、追加で仕事をたくさん押しつけられた。
他の女給たちも、私だけが勉強をしているのが気にいらなかったらしく、いじめはもっとひどくなった。
そうして一年くらい経ったころ、また旦那様に呼ばれて、どきどきしながらお部屋に伺ったら……
ばさっと、身体に投げつけられたのは、何枚かの書類。
痛くはなかったけど、突然のことに硬直してしまう。
それは、私が勉強した結果の報告書、だった。
旦那様は冷めた目をしていて、そこには、期待したやさしげなものは全然なくて。
「あれの娘だからと仕込んでみたが、結果は平均。さして美人でもない。……まったく、役立たずめ」
忌々しげな様子に、足元が崩れたような気がした。
汚いものでも見るような、旦那様の顔は、とても恐かった。
教師に払った金額が勿体ない、とも吐き捨てられた。
……私は、駄目だったんだ。
それから、もういい、と手を振って部屋を追いだされた。
その日から、授業はなくなり、また仕事の毎日になった。
授業代はきっととても高かっただろうから、私が一生働いても返せるかわからないけど、でも、それしかできない。
そう思って無心に働いていた数日後の今日、奥様に呼びだされて、荷物をすぐにまとめて出て行けと言われた。
「……それで、怪しいひとに絡まれていたのを、シジェス様に救っていただきました」
うまく説明できたかわからないけど、時系列には沿っていたはず。
ふぅっと息をついて、少し冷めたミルクを飲ませてもらう、流石に喉が渇いてしまった。
「本当に助けて頂き、ありがとうございました。その上こんなによくしてもらって……」
改めて頭を下げる。あそこでシジェス様がきてくれなかったら、どうなっていただろう。
シジェス様は相変わらず顔色を変えていないけど、他の三人はなぜか、頭を抱えていた。
そんなに説明が下手だったかな……旦那様に見放されたくらいだから、そうなのかも。
それでも、マナーの授業のおかげで、失礼な喋りかたはしてないはずだから、それだけはよかったと思う。
「経緯はわかった。トゥーリ、伯爵の家名は?」
謝ったほうがいいのか悩んでいると、シジェス様が問いかけてきた。
「……リヒャルド、です」
答えずにすめばいいと思ったけど、やっぱりそれは駄目みたいだ。
だけど、絶対答えないと決めてるわけじゃない。そこまで旦那様に忠誠心は持っていない。
……父親だとも、全然思えないし。
シジェス様はなにか考えているらしく、私たちはみんな黙って待っていた。
「……トゥーリはこれから、どうするつもりだ?」
「え……っと」
沈黙からいきなり聞かれて、少しの間考える。
「教会に行って、どこか下働きとして働ける場所を探してもらうつもりでした」
というか、それ以外になにも浮かばないのだけど。
なんのとりえもない私だから、働く場所があるかも怪しいけど……