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「ええと……私は、伯爵家の旦那様と、女給の母の間に生まれました」

 いわゆる、お手つきというやつだ。

 母は私の目から見てもかなりの美人だった。

 綺麗な銀髪に、赤バラのような瞳の色、すらっとした身体で、私くらいの子供がいるとは思えないほど若く見えた。

 私が生まれて、どういういきさつがあったのかはわからないけれど、母はそのまま伯爵家で女給として働き続けた。

 そして私も、働けるようになったら、すぐ雑用を言いつけられるようになった。

「奥様は、私たちが邸にいるのが目障りだったみたいです」

 夫を奪った女なのだから、当たり前だろう。

 奥様には色々ひどいことをされた。たくさん仕事を押しつけるのは当たり前で、よく罵倒もされたし、ヒールの靴で踏まれたりもした。

 なにか嫌なことがあると呼びつけられて、理由もなく叩かれたりもした。

 そんな奥様に睨まれたら大変だと、他の使用人も私たちには関わらないようにしてた。

 それどころか、一緒になって意地悪をしてきたひともいた。

 母と一緒だったから、なんとか耐えていられたけど……

「……でも、数年前に母が亡くなって」

 私は一人ぼっちになってしまった。

 旦那様はきちんと葬儀をしてくれたけど、それだけだった。

 私の立場は変わらなくて、女給として毎日仕事をする日々が続いた。

 奥様も相変わらずでつらかったけれど、一応食事は出るし、屋根のある場所で眠れるし、厨房の料理長だけはこっそり優しくしてくれたから、がんばれた。

「そんなある日、突然旦那様に呼ばれて、教育を受けろと、命令されました」

 掃除以外ではじめて訪れた旦那様の部屋で、旦那様と家令さんの前に立った時は、とても緊張した。

 読み書きとマナーを覚えろ、といきなり命じられて最初は意味がわからなった。

 でも、理由を問いかけられる雰囲気ではなかったし、命令だけしたらすぐ出て行けと言われた。

 断れるわけはなく、部屋を出たらすぐ先生というひとが待つ部屋へ行くことになった。


 その日から、午前中は書斎の近くの一室で勉強をして、午後は女給の仕事をした。

 はじめは、旦那差が私を娘として認めてくれたのかと思ったけど、それ以外の待遇はなにも変わらなかった。

 仕事を減らしてくれることもなくて、淡い夢はすぐにかき消えた。

 でも、がんばればもしかして……と期待して、私は必死に勉強した。

 そのせいで奥様や、奥様のお子様にますますいじめられた。

 先生がきている間はなにもしてこなかったけれど、帰ったあとはすぐ部屋から追いだされたし、追加で仕事をたくさん押しつけられた。

 他の女給たちも、私だけが勉強をしているのが気にいらなかったらしく、いじめはもっとひどくなった。


 そうして一年くらい経ったころ、また旦那様に呼ばれて、どきどきしながらお部屋に伺ったら……

 ばさっと、身体に投げつけられたのは、何枚かの書類。

 痛くはなかったけど、突然のことに硬直してしまう。

 それは、私が勉強した結果の報告書、だった。

 旦那様は冷めた目をしていて、そこには、期待したやさしげなものは全然なくて。

「あれの娘だからと仕込んでみたが、結果は平均。さして美人でもない。……まったく、役立たずめ」

 忌々しげな様子に、足元が崩れたような気がした。

 汚いものでも見るような、旦那様の顔は、とても恐かった。

 教師に払った金額が勿体ない、とも吐き捨てられた。


 ……私は、駄目だったんだ。


 それから、もういい、と手を振って部屋を追いだされた。

 その日から、授業はなくなり、また仕事の毎日になった。

 授業代はきっととても高かっただろうから、私が一生働いても返せるかわからないけど、でも、それしかできない。

 そう思って無心に働いていた数日後の今日、奥様に呼びだされて、荷物をすぐにまとめて出て行けと言われた。

「……それで、怪しいひとに絡まれていたのを、シジェス様に救っていただきました」

 うまく説明できたかわからないけど、時系列には沿っていたはず。

 ふぅっと息をついて、少し冷めたミルクを飲ませてもらう、流石に喉が渇いてしまった。

「本当に助けて頂き、ありがとうございました。その上こんなによくしてもらって……」

 改めて頭を下げる。あそこでシジェス様がきてくれなかったら、どうなっていただろう。

 シジェス様は相変わらず顔色を変えていないけど、他の三人はなぜか、頭を抱えていた。

 そんなに説明が下手だったかな……旦那様に見放されたくらいだから、そうなのかも。

 それでも、マナーの授業のおかげで、失礼な喋りかたはしてないはずだから、それだけはよかったと思う。

「経緯はわかった。トゥーリ、伯爵の家名は?」

 謝ったほうがいいのか悩んでいると、シジェス様が問いかけてきた。

「……リヒャルド、です」

 答えずにすめばいいと思ったけど、やっぱりそれは駄目みたいだ。

 だけど、絶対答えないと決めてるわけじゃない。そこまで旦那様に忠誠心は持っていない。

 ……父親だとも、全然思えないし。

 シジェス様はなにか考えているらしく、私たちはみんな黙って待っていた。

「……トゥーリはこれから、どうするつもりだ?」

「え……っと」

 沈黙からいきなり聞かれて、少しの間考える。

「教会に行って、どこか下働きとして働ける場所を探してもらうつもりでした」

 というか、それ以外になにも浮かばないのだけど。

 なんのとりえもない私だから、働く場所があるかも怪しいけど……

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