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そこからそんなに歩かないうちに、目的地らしい家につく。
貴族のお屋敷よりは小さいけど、普通の家よりは断然大きい。だって、ちゃんと前庭もある。
でも、門番はいないみたいで、シジェス様は自分で門を開けてしまう。
防犯とか、大丈夫なのかな……?
そこを抜けると、邸までの小道を歩き、自分で邸のドアも開けてしまった。
中は少し開けた場所になっていて、あちこちに明かりがともっていた。
誰かがいる気配と暖かい明るさに、ほっとする。
「お帰りなさい……どうしたんですか、隣は」
最初にやってきた男のひとは、隣にいる私を見て不思議そうな顔をする。
身なりからして、家令っぽい感じがした。……のだけど、あんまり綺麗なひとで、びっくりしてしまった。
落ちついたトーンの金髪に、同じような金色の目。
女性のように整った顔立ちは、白くてシミひとつない。
背はシジェス様より高いけれど、細身で、ぱっと見ると性別がわからないくらい。
ただ、短く切った髪の毛と、かっちりした服装、それに声を発すると、男性なんだなとわかる。
旦那様もすごく美形だったけど、このひとは違う方向での……美人、という表現がぴったりくる感じだ。
「話はあとだ。とりあえず食事にしよう」
家令っぽいひとに言いつけるのを、隣でぼんやりと聞く。
たしかに、お腹が空いている。大きな時計が示す時間も、普通の夕食時間をすぎていた。
私のごたごたにつきあわせてしまったから、帰りが遅くなってしまったんだろう。
家令っぽいひとはわかりました、と奥へ消えていく。
それからしばらくして、ばたばたと軽い足音とともに、今度は女のひとがやってきた。
「ヒューから女の子が一緒だって聞いたけど……あら、ほんとだ」
これまた綺麗なひとだ、と思った。
女給みたいな服装ではなくて、パンツ姿で、かなり活動的な格好をしている。
でも、そういう姿がよく似合っているし、それを抜きにしても美人だった。
鮮やかなウェーブのかかった金髪に、ぱっちりした茶色の瞳。
女性らしいメリハリのある体つきは、正直羨ましいくらい。
「今晩彼女をここに泊めたいんだが、使える部屋は……」
「……ちょっと微妙ですね」
シジェス様の問いかけに、彼女は渋い顔で答える。
部屋がないなら、台所の隅とかでもいいんだけど。
そう言おうとしたら、まるでそれを読んだみたいに、シジェス様が口を開いた。
「ミレイの部屋に泊めても構わないか?」
この女のひとはミレイさんと言うらしい。
シジェス様の問いに、彼女はにっこりと笑った。
「もちろんです、こちらから申し出ようと思っていました」
「助かる。では、夕食の支度ができるまで、彼女……トゥーリを部屋に連れて行って、荷物を降ろしてやってくれ」
「はっ」
……なんだか不思議な返事をすると、ミレイさんは私の手をとった。暖かい。
そして、反対の手で私が持っていた荷物を手にする、……え、いつのまに?
「じゃ、トゥーリちゃん、でいいのかしら、行きましょう」
──ちゃん、なんて呼ばれたのははじめてだ。
なんだかくすぐったい感じがする。
うなずく前からミレイさんは私をひっぱって、あっというまに二階へ連れて行かれた。
その中の一室に入ると、ミレイさんは隅に私の鞄を置く。
「……広いお部屋ですね」
びっくりして言うと、そう? と不思議そうにされた。
ベッドは勿論、書き物机に、棚も置いてある。
棚にはたくさんのぬいぐるみが飾ってあって、すごくかわいい。
他の部分はすっきりしているのに、そこだけなぜかファンシーだった。ミレイさんの趣味かな?
「さ、じゃあ暖かいタオルを持ってくるから、着替えを用意しておいて」
言われて自分の格好を見下ろすと、あちこちホコリだらけだった。
「……そうか、門番に蹴飛ばされたんだった」
色々あってすっかり忘れてた。最初に払ったことも思い出したから、土は大体落ちていると思うけど。
そもそももとがあんまりいいものじゃないから、ところどころ破けてもいる。
あとで、繕ってなんとかしなくちゃ……
「あの、着替えは……あんまりないんです」
荷物の中に入れてあるのは、同じようなお仕着せと、寝間着、下着、あとはちょっとのお金。
それに、亡き母の形見が入った巾着くらいだ。
急に出て行けと言われたのもあるけれど、もともと私物を持っていないから、鞄の中身はたいしたことない。
「んーじゃあ……ちょっと待ってて」
一緒に中身を見たミレイさんは、自分のクローゼットを開けると、奥に入りこむようにしてなにか探しはじめた。
その間に、私はお仕着せを脱いで、腕や足を拭いておく。
ちょっと腕とかアザができてるけど、そんなに痛くないから大丈夫そう。
やがて彼女が出してきたのは、シンプルなピンク色のワンピース。
ミレイさんには七分くらいなんだろうけど、私が着たら肩が落ちて、長袖みたいになった。
でも、これはこれで傷が隠れてちょうどいい。
さらに腰を布で結べば、それっぽくなった。
「買ったんだけど見事に似合わなくて。でも勿体なくて。トゥーリちゃんにあげるわ」
たしかに、こう言うと失礼だけど、ミレイさんにはあんまり合わない気がする。
でも、正直に口にしたら、わかっていても傷つくだろう。
「ありがとうございます」
だからお礼とともに頭を下げると、にっこり笑ってくれた。
その笑顔は、全然似てないんだけど、母を思い出させた。
こんなふうに笑いかけてもらうことが、久しぶりだからかもしれない。