6
数日間が過ぎた。
(今日もおかしかった)
ここ数日の周一郎の様子を思い出して、ベッドに寝転んで読んでいた本を閉じ、小さく溜め息をつく。
時計は真夜中、二時を過ぎている。草木も風も、空気さえも寝静まっているような、妙に静かな夜だった。
(一体どうしたっていうんだ?)
周一郎は緊張し続けている。一瞬たりとも気持ちを緩めない。
それは俺の前だけではなく、高野達の前でさえそうだ。時々痛々しいばかりに高まり、次の瞬間、惚けたような奇妙な放心状態に陥りかけ、再び心を絞り上げていくような緊張に戻っていく。
何かを恐れ、しかも待ち受けている。
(でも、何を?)
朝倉周一郎が、あそこまで身構えて待ち受けているもの、恐れているものなど、俺には思いつかない。
(仕事、か?)
厳しい交渉とか、難しい相手とか?
「……わかんねえなあ……」
そのまま浅い眠りの中に滑り込んでしまっていたらしい。
(あれ?)
ここって、例の。
あの淡い靄に包まれる夢の中に、いつの間にか立っていた。
今度は何となくあたりがわかる。どこかの屋敷にいるようだ。
『俺』が歩く、しっかりした足取りで。その後から俺がついていく、おどおどした足取りで。
(どこだよ……ここ)
不安になった矢先に、目の前でドアが開いた。
誰かの部屋に入ったらしい。
勝手を知り尽くした場所のように『俺』はすたすたとベッドの側に歩み寄り、片膝を軽くのせてぐっと体を屈めた。
(お、おい!)
その動作のとんでもない意図を感じて狼狽し、俺は伸ばしかけた腕を引き止めようとした。ちょっとの間引き止められたが、すぐにまたじわじわと腕が伸びていく、おそらくはきっと、この間絞めた首の方へ。
(こら馬鹿やめろ何すんだてめえ!)
あがいた、喚いた、抗った。
だが『俺』は遥かに強かった。
与えられた仕事を遂行することだけを考えている『俺』の手がゆっくりと犠牲者の首を掴む、じりじりと圧力をかけていく、容赦なく、ひたすらに。
「う…」
『俺』の手の下で、細い呻き声が漏れた。
(あっ)
どこか聞き慣れた声、そう思った瞬間に、ここ数日忘れるともなく忘れていたことを思い出した。
周一郎の首の痣。
(おいまさかあれは)
背筋が凍えるような考えに呆然としている間に、もう一人の『俺』は沈着冷静に握り込んだ首を絞め続けている。限界を越えたのだろう、びくりと手の下の体が痙攣し、この前と同じく『俺』の腕を離そうとするようにしがみついてくる。
「っ…っ」
もがく体に相手の覚醒を感じ取り『俺』は締め付ける力を増した。悲鳴を上げさせないつもりだったが、相手は悲鳴を上げなかった。それどころか、『俺』の腕を押しのけようとしていた手からも力を抜いた。ぱたりと軽い音をたてて両手がベッドの左右へ広がって落ちる。さすがの『俺』も一瞬ぎょっとしたようだが、すぐに満身の力をこめて首を絞めようとするように、ベッドについた片膝をずらせ、体重を乗せかけた。
その一瞬。
僅かに首から力が抜けたのだろう、相手が掠れた声で吐く。
「……たき……さ……」
「っ!」
頭の芯を駆け抜けた衝撃、いきなり視界が晴れた。
「えっ、あっ」
俺は周一郎の部屋に居る。俺の両手はベッドの上に力なく体を横たえ、無抵抗に両腕を左右に投げ出している周一郎の首に、しっかり絡み付いている。こちらを見上げている周一郎の瞳は朦朧と霞み、あの印象的な光は生気を失って闇へ沈んでいこうとしている。
額から流れ落ちた汗に誘われるように、周一郎は目を閉じた。苦しそうに開いていた白い唇が、ひ、と小さく息を吸って固まり、がくりと首を横へ落とす。
「しゅ、周一郎っ!」
慌てて肩を掴む、ずるっと仰け反った首に震えが走って、相手をベッドに落としてしまう。
「待て、待ってくれ、どういうことだよ、なんで、なんで」
無意識に後じさった。指先に残った冷ややかな皮膚の感触に体がすくむ。
「なんで、俺、なんで、お前、なんで」
一体、抵抗をやめた…?
「く、そっ!」
ベッドのスプレッドに脚を取られて転げかけ、必死に体勢を立て直してドアへと走った。