表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
7.モレリー・コレクション

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/42

4

「どうですか?」

 男はお由宇の家の居間へ入ると、バッグの中の物を見せた。

 それは、写真で見たモレリー・コレクションと寸分違わぬ十数作品だった。

「え…あ…本物?」

「ええ、本物ですよ。ただし、モレリー・コレクションではない」

「??」

 訳のわからぬ俺に、アンリが続けた。

「デモ、彼ガ描イタナラ、ソレハ本物デス」

「???」

 俺は頭の中のマーボードーフをまとめようとした。が、マーボードーフはますますぐっちゃぐちゃになっていく。見るに見かねて、お由宇が説明してくれた。

「つまりね、あのモレリー・コレクションを描いたのも彼なのよ」

 そこで俺は、男が『ランティエ』と呼ばれる贋作造りでは有名な人間だと知った。モレリー・コレクションの無名画家の連作とは全くの嘘、全ては二十年ほど前に『ランティエ』が描いた作品群だったのだ。

「父ハ、世ノ知識人ガドコマデ鑑識眼ヲ持ッテルノカ、知リタガッタノデス。これくしょんガ、全テ売レタ時、父ハ大笑イシマシタ。美術関係者ト外国人ニ売ラナカッタノハ、父ノゆーもあヲ、ゆーもあトシテ終ワラセルタメデモアリマシタ」

 アンリは、例の妙な笑みを浮かべた。

「もちろん、モレリー・コレクションが何の価値もないというのではないわ。無名画家『ランティエ』の技量をつぎ込んだ連作、世にも珍しい贋作家のコレクションとしてだけではなく、美術品としての価値も充分あるわ。だから、彼に綾野への罠の一つとして、自分の作品を完璧に贋作することを依頼したのよ」

「世界広しと言えど、自分の作品を贋作したのは、私ぐらいでしょうな」

 『ランティエ』は含み笑いをしながら言った。

「タッチが狂っているかと思ったが、大丈夫だったようです」

「狂っているどころか、昔のミスまでまねたのはさすがね」

 お由宇は『木影』の葉の影を一つを指差した。深緑のはずの影に、ほんの二、三粒と見える金色がついている。

「あの頃を思い出しましたよ。ほんの一瞬、自分の絵を描きたいと迷った筆遣いをね」

 『ランティエ』は感慨深げに言った。

「それで? これをどう使います?」

「すり替えられた偽物のモレリー・コレクションとすり替える。そして、その偽物を綾野がすり替えた本物とすり替え、オークションの客にも偽物を提供しようというのさ」

 それまで、黙って絵を眺めていた直樹が応じた。相変わらず、理香の肩に回した手で優しく彼女の髪を撫でながら『ランティエ』を見つめた。

「あんたの描いた『もう一つの本物』は、本物と改めてすり替えるまでの代役というわけだ」

「……ふむ、満足です。贋作の命は如何に多くの人を騙すか、ですからね」

 『ランティエ』は、穏やかに笑った。

「それで?」

「あんたの出番は終わりさ。謝礼はスイスの銀行に振り込まれてるはずだ」

 直樹は『ランティエ』をじっと見つめて言った。

「なるほど。私の安全を保障してくれるわけだ」

 彼は笑み、少し頭を下げた。

「では、また御用がありましたらどうぞ。最近は仕事を選んでますから、御注意を」

 それから、アンリに向き直り、

「モレリー・コレクションを気に入って下さってどうも。あなたの父上とは懇意でしたよ」

「父ニ伝エテオキマス」

 きらっと二人の間に殺気が走ったようだった。コレクターと贋作家では、あまり仲がよくもないのだろう。

 『ランティエ』は来た時と同じように、ゆったりとした足取りで家を出て行った。

「本当ニ名前ドオリノ奴デス」

「え?」

「『らんてぃえ』トハ、ふらんす語デ……『何モシナイデブラブラシテイル人』トイウヨウナ意味デス」

 アンリは少し肩を竦めて見せた。

「さて、駒は揃ってきた」

 直樹は絵を見つめ、続いて俺を見た。

「大丈夫かい、滝さん。ドジしたって、すぐに助けられないんだぜ」

「彼は私と一緒にパーティに出てもらうわ」

 お由宇のことばに、一瞬舌打ちしそうな表情が直樹の顔に過った。きっと、また足手まといになると思ったのだろう。しかし、俺としても、ここまできて引くわけにはいかなかった。

「ま、せいぜい、ドジで陽動作戦をやらないようにしてくれよな」

 直樹の遠慮のないことばに、俺は俺だって『それなりには』やれるつもりなんだぞ、と毒づいた。たとえ…ドジのオンパレードでも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ