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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
7.モレリー・コレクション

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32/42

4

「え」

 あ、も、う、もない。助手席に引きずり込まれたとたん、近くの電柱にぶつかるような勢いで車が発進、加速する。

「なっなっなっ…」

「本当に聞いた通りの人だな」

 運転席の男は苦みばしった笑みを唇の端に浮かべ、横目で俺を見た。

 東洋系にも見えるが、どこの国出身ともわからない、四十過ぎの男だ。カラーシャツにジャケット、ループタイにシャツに合わせたポケットチーフ、よく見れば嫌みがない程度に整った顔で、仕草も滑らかでスマート、かなり上流階級なんじゃないだろうか。ちらちらとバックミラーを見ながら、

「ちょっと振り回しますよ」

 告げられたとたん一気に、安全ベルトを掴んだまま、ドアに押し付けられる。

「後ろの車、オオサワの手の人ですね」

 流暢な日本語だったが、大沢という人名に微かな異国訛りがあった。ぎょっとして体を起こし、得体の知れぬ紳士然とした相手を見つめる。

「私が気になります?」

「はいとっても!」

「私の事はすぐにわかりますよ」

 俺の元気のいい返事にくすくす笑った相手が続ける。

「それより、今はあの人達を何とかしなくてはね……何をやって、あんなに怒らせたのかな? 警告でも無視しましたか」

「なんでそれを…っ」

 つい尋ねかけて、慌てて口を塞ぐ。こいつだって、敵か味方かわからないのだ。

 ふふふ、と妙な含み笑いをした相手は、小学生を諭すように首を軽く振った。

「あなたみたいな素人が、こんな無茶をするのはいけませんね。大変、危険です」

(わかってるよ)

 思わず心の中で反論する。

(それでも、俺があいつにしてやれるのはこれぐらいしかなかったんだから、仕方ないじゃないか)

「佐野さんが言ってましたよ。あなたは時々、ひどく『無邪気な』考え方をして行動に移すから目が離せないって。本当に、そう、です、ね!」

 きりっ、と歯を噛み締める音がした。ハンドルがぐるっと回され、ヘアピンカーブを一息で回ってしまう。横滑りしかけたと思った次の一瞬に、弾かれるようにカーブを抜けて飛び出していき、後ろの車が突き放されるように後じさった。

「やれやれ、少しは話ができそうだ」

 男はにっと笑って煙草を咥え、高級そうなライターで火を点けると、無造作に後ろの座席に放った。

「オオサワ達の脅しに妙な意地で反発するところなんか、実に『無邪気な』人ですよ、怖いもの知らずだ」

「あんた、誰なんだ」

 上機嫌で話し続ける相手にようやく口を挟めた。

「誰ねえ……あっとまずい」

 男は煙草を窓から弾いてハンドルを回した。裏路地に車を斜め駐車したまま、ドアを開けて降りる。

「お、おい!」

「手伝って下さい。この車はあの人達にあげましょう」

 男はトランクから幾つかのバッグを出した。俺に二つのバッグを持たせ、悠々とした様子で尋ねる。

「佐野さんの家、この近くでしたっけ?」

「あ、ああ。そこの角を曲がって…」

「ああ、あそこか」

 男は背後を振り返ることもなく、すたすたと歩き出した。荷物持ちよろしく、俺はその後に続く。

「あ、でも車…」

 あんな所に置いたままじゃ、と思う間もなく、鋭いブレーキ音の一瞬後、ぐわっと凄まじい音が背中を押した。

「っっ!」

 思わず半身振り返ると、俺達を追っていた車が置き去った車にまともに突っ込んでいる。うろたえたようによたよたと男達が逃げていく。

(上げるって…こういうことか)

 わけもなく、後部座席に放られた高級そうなライターが思い浮かんだ。あれ一つでも、けっこうな値段のものだと思うが、車まで『あげる』状況においては、ささいなことなのかもしれない。

「滝さん、早く!」

「あ、はいはい」

 男が親しげに呼ぶのに、重いバッグを必死に持ち上げ、俺は駆け寄っていった。

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