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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
7.モレリー・コレクション

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「もれりー家ハ、知ル人ゾ知ルこれくたーデス。代々、一風変ワッタ趣味デアッタ当主ガ、自分コソハ一流ノこれくたーデアロウトシテ、腕ト財ニモノヲ言ワセテ、珍シイこれくしょんヲ集メテキマシタ」

 アンリの穏やかな声が、お由宇の家の居間に響く。

 あの『追いかけっこ』から一週間近くが過ぎた日の午前のことだ。

「幸いに、志郎達の陽動作戦もうまくいったみたいね。こっちの仕事がやりやすかったわ」

 お由宇がコーヒーを配り、俺、アンリ、直樹、理香、そしてお由宇自身もソファにそれぞれ納まってから、アンリは綾野への罠について話し始めた。

「モチロン、熱心スギルこれくたーノ常トシテ、必ズシモ合法的デナイ方法デ集メタこれくしょんモアリマス。マタ、これくしょんソノモノガ、一般的ナ意味デノ価値ガナイ物モアリマス」

「何か…その……おかしな絵なのか?」

 俺の問いに、アンリは微笑を含ませて答えない。 

「ソノウチ、ゴ説明シマス。トコロデ、ソウイウ意味カラ、もれりー家ノこれくしょんハ、これくたーノ間デ、一種、異様ナ人気ヲ勝チ得ルコトニナリマシタ。一応、よーろっぱデこれくたート自称スル限リ、もれりー・これくしょんヲ知ラナイノハ『モグリ』デスシ、ドンナニオ金ガカカッテモ、ドンナニ苦労シテモ……言イカエレバ、ドンナ手ヲ使ッテモ手ニ入レタイト、願ッテイルこれくしょんノ一ツデス」

「その、モレリー・コレクションの内で、特に代表的な『モレリー・コレクション』、一般的に『モレリー・コレクション』を呼ぶ場合はそれをさすのだけど、無名画家達の『木影』の連作が、今度売りに出された…というわけ」

 お由宇の話によれば、それは『木影』をテーマに描かれた十数作品で、タッチも色彩感覚も様々、共通しているのは後世に名を残すだろうとされたのに若くして亡くなったり、種々の事情から筆を折らざるを得なかった実力派という要素だけ、というコレクションだそうだ。

「戦争や災害、政治圧力やテロ、そういったもので命を落とした画家も含まれている……遺族にさえ渡されることがなかった作品群、国家間の取引に使われるのを嫌がって作家自らが焼失させることを望んだ作品もある……門外不出の一品揃いという噂よ」

 お由宇はこくりとコーヒーを呑み込みながら、薄く笑ってみせた。何か良からぬ事を考えているような、一物ありそうな笑みだ。

「もう聞いたかも知れないけど、まあそういう経過もあって、モレリー当主は国家遺産として保管したいという美術館関係者は信用していない。また同じく、それぞれの画家がその人生をかけて作り上げた宝石のような作品を、商取引に使うことしか考えないような外国人にも売買したくないと考えているの。秘められ隠されれば見たいものよ。世界のコレクターは何とかして一目なりとも見たいと願っているし、できればその一品なりと手に入れたいと考えている。ひょっとすると、今世界的に有名な画家の、無名の頃の作品があるかも知れない。そうなれば、美術界にとっては一大発見よ」

 そこに綾野はつけ込んだ。そういうコレクター達を相手に、綾野の言い値から始めるオークションを開催しようと言うのだ。

「綾野の計画はこうよ」

 お由宇は指先でテーブルに小さな円を書いた。

「実はつい先日、フランスで『木影』の連作のオークションが行われたの。それぞれに厳重な誓いをたて、転売禁止の制限を理解したうえで。そのうち『木影』『木の色』『木もれ陽の下』それに『木漏れ日と少女』、この四作はポール・ボウヌという南フランスの地主の手に落ちた。でも、このポール・ボウヌというのは綾野の息のかかった男……まさか、オークションで競り落とした絵を盗ませ、自分は贋作で満足するコレクターがいるとは普通思わないでしょうけど、ポールが愛しているのは絵ではなくてオークションで競り落とすという快感なの」

 とんとん、とテーブルを突いた指が、円から離れる。

「モレリー家の当主は、四日前、コレクションの世界各国展覧会への旅に出たわ。フランスを皮切りに、イギリス、スイス、ドイツ、アメリカ…日本へ来るのは三週間後だけど、その頃にはコレクションのほとんどが綾野の手によって贋作とすり替えられているでしょうね。世界各国で数枚ずつすり替えられていった絵はやがて綾野の下に集まり、オークションにかけられる」

「日本で?」

 ぎょっとする俺に直樹が凄んだ笑みを見せる。

「ここじゃ、あいつは死んだことになっているからな」

「綾野を追い詰めるのに必要なのは、警察権力じゃないわ。彼が自滅するようにすればいい……つまり」

 お由宇は冷ややかな笑みを浮かべた。

「『彼の世界』で生きていけないように、信用を剥ぎ取ってしまえばいい」

 お由宇の後を受けて直樹がさらりと言った。

「オークション参加者の中にはコルシカがらみも居たはずだ」

「こるしか? ナポレオン?」

 口調の冷たさにぞっとしたものを感じながら、思わずアンリを見る。

「Intermezzo Sinfonico」

 柔らかな声で返されたのは外国語…しかも英語じゃない。

「は?」

「ゴッド・ファーザーよ」

 お由宇が解説してくれて、ようやく気づく。

「え、えーと…あ、ああ!」

 そうか、コルシカって、ナポレオンじゃなくて、マフィアの方か!

「結構デスネ。おーくしょんヲ潰シマスカ」

 ふふふ、とアンリは楽しそうに笑う。優しい笑顔にちらつく殺気に首を竦めた俺は、続く直樹の声に振り返った。

「潰す? 冗談じゃねえよ。オークションはきちんとやらせてやるさ。最後の最後までな。そして、お客さんにはきちんとブツを持って帰ってもらう」

 ヒュウッとアンリが口笛を吹きかけ、お由宇の視線に制してにこりと笑った。

「ソコマデ、ヤリマスカ、ヤッパリ」

「そうね。私としても、そのあたりまでは詰めた方がいいわ」

 話の焦点が見えなかった。

 なぜオークションをやらせてやることが綾野の信用を剥ぎ取ることになるんだ?  オークションが成功してしまえば、綾野は再び組織の中核として返り咲いてしまうんじゃないか? 言わば、オークションの成功自体が綾野の裏の世界でのパスポートになるはずだ。

 俺が腑に落ちない様子を見ていたのか、お由宇が悪戯っぽい顔で尋ねてきた。

「ねえ、志郎、いくら何でも、モレリー・コレクションの売り出しがタイミング良すぎると思わない?』

「え…?」

 ぽかんとする。奇妙な笑みを浮かべたお由宇が続ける。

「組織復興と地位の確立に懸命の綾野だもの、モレリー・コレクションの絶好の機会を逃すはずがないわ……多少の疑いは持っても」

「まさか……」

 俺はごくん、と唾を呑んだ。

「その……モレリー・コレクションの売り出し自体が、綾野をおびき出す餌って言うんじゃないだろうな」

「その通り。たいした女性だろ、この人は」

 直樹がいつもの癖で、肩をちょいと竦めた。ちらりとその直樹に視線を走らせたお由宇が、質問は、と言いたげに俺を見る。

「で、でも、どうしてそんな事ができるんだ? まさか、そのモレリーとかがお前の知り合いとか何か…」

「あなたの知り合いでもあるでしょ、『彼』は?」

 お由宇はコーヒーカップ片手に、アンリに合図を送った。


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