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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
5.喉元過ぎれば…

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4

 始めは、あんな子どもが朝倉家のいざこざを耐えているのに驚いた。

 話すうちに、その目が時々、ほんの時々、哀しそうにたゆとうのを知った。

 ほんのひとかけら、驚くほどの脆さを冷たい仮面の下に見つけ、その仮面が目の前で幾度か外れるのに気がついて、手を差し伸べて声をかけずにいられなくなった。

 ほんの少し、もうほんの少しだけ踏み込めば、こいつは心を開くんじゃないか、そんな気がして、見捨てておけなくて……。

(繋がり…)

 俺と周一郎の繋がりは何だろう。

 兄弟のようでもある、仲間のようでもある、他人のようでもあるし、身内のようでもある。

 手を伸ばせば届く距離にいながら、あいつはいつも俺には手を伸ばさずに、ぷいと背中を向けてしまう。基本的には俺が伸ばした手は宙に浮いたままだ。

 けれど、たとえ舌打ちをしながらでも、俺は周一郎に手が届く距離まで歩みよらずにはいられない。

(きっと、それは)

 肩を叩きさえすれば振り返るとわかっているからだ。ほんの少しのきっかけさえあれば、あいつの本音が見えるとわかっているからだ。

 けどそれを、どんな繋がりと言えばいい?

「……わからん」

「……」

 俺の答えに、直樹はふいと足を止めた。

「わからないけど……なんかこう……繋がってるんだ、と思う」

 俺の顔を見つめていた直樹は、唇の端でくわえた煙草の灰が革ジャンに落ちるのを払って、

「そりゃ結構なことで」  

 皮肉めかして応じ、再び歩き出した。そっけなく前を行く背中に、何となく、 

「…お前はどうして綾野の手下になんかなったんだ?」 

 尋ねてみる。

「オレ…かあ」

 ひょい、といつものように肩を竦めてみせ、直樹は答えた。

「別に食い物が手に入りゃ、それで良かったけどな。……綾野の悪の程度にも惚れてたかな」 

「周一郎の身代わりは?」

「……この前の冬、初めて朝倉周一郎を見た。子どものくせに妙に大人びた目の、隙のない奴だった。オレ達の視線に気づいたようにこちらを向いたときは、さすがにどきっとした」

 まるで何かを読み下すような妙に堅苦しい声で呟いた後、直樹は唐突に、にやにや笑いを広げた。

「ところが、その側に、いやにドジな奴が居やがるじゃねえか? おまけに、そいつと話す時だけ標的の表情が和らぐ。ほんの一瞬、周囲に対する警戒を忘れたように無防備な顔になる。オレは確信した、こいつはうまく行くぜ、って」

 あれ?

 思わず眉をしかめる。

 どうもこう、直樹の口調が一定していないような気がする。文章を読み上げるような調子と、いつも通りのふざけた口調が入り交じっている。

 なんでだ?

「まあ、こうなりゃ、あのドジな奴ぐらい騙すの、わけねえやと身代わり決行、ってわけだ」

 確かめる前に、直樹の口調は安定した。短くなった煙草を指で弾いて道路に捨て、次の一動作で踏み消す。同時に半身振り返って、

「そうだ、そんなに恋しいなら、周一郎のまねでもしてやろうか?」

 悪戯っぽく瞳を光らせる。

「未だに体によくなじんでるぜ?」

 不敵に笑んだ唇が、次の瞬間、きゅっと賢そうに締まった。止めろという前に、あっという間にイメージが変化する。

「滝さん、どうしたんですか?」

 淡々として、そのくせ気遣う声。

「そんなにしょげないで下さい、心配になります」

 けれど、絶対あいつが口にしない類のことば。

 気持ち悪い。

 思ったとたん、俺は勢い良く直樹の横っ面を張り飛ばしていた。

「つうっ!」

「わ!」

 慌てて右手を左手で掴む。おろおろして周囲を見回す。人通りが少なくなったとは言え、不審そうな目で人々が俺達を眺めていく。

「…ってえ、なあ!」

 あまりの意外な状況に、しばらく我を忘れていたらしい直樹が喚いた。

「なんだよ! あんたがえらくしょげてっから、元気づけてやろうと思ったのに!」

 ギラリとこちらを睨みつけた目に赤面した。

 自分でも、またこれほど『過敏な』反応をしてしまうとは思わなかった。

「わ、悪かった」

 急いで謝る。

 そりゃ、今のは誰が見たって俺が悪い。

「そんな気はなかったんだが、つい」

「つい、で叩かれちゃ、たまんねえよ!」

 ふてくされる直樹に必死に弁解する。

「いや、その、お前が嫌なんじゃなくて……つまり、その、そういう台詞は…偽の周一郎、つまりお前は直樹で、つまり」

「どこが『つまり』だよっ!」

 苛立った相手に思わず大声で言い返した。

「つまり、いくらそっくりでも、お前は周一郎じゃないんだ!」

「……」

 毒気を抜かれたように、ぽかん、と直樹は口を開け、やがて肩を竦めた。

「……やってられねえ……」

 赤くなった左頬を、手の甲で撫でながら、直樹は背中を向けながら吐き捨てる。

「あんた、鈍感すぎ」


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