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始めは、あんな子どもが朝倉家のいざこざを耐えているのに驚いた。
話すうちに、その目が時々、ほんの時々、哀しそうにたゆとうのを知った。
ほんのひとかけら、驚くほどの脆さを冷たい仮面の下に見つけ、その仮面が目の前で幾度か外れるのに気がついて、手を差し伸べて声をかけずにいられなくなった。
ほんの少し、もうほんの少しだけ踏み込めば、こいつは心を開くんじゃないか、そんな気がして、見捨てておけなくて……。
(繋がり…)
俺と周一郎の繋がりは何だろう。
兄弟のようでもある、仲間のようでもある、他人のようでもあるし、身内のようでもある。
手を伸ばせば届く距離にいながら、あいつはいつも俺には手を伸ばさずに、ぷいと背中を向けてしまう。基本的には俺が伸ばした手は宙に浮いたままだ。
けれど、たとえ舌打ちをしながらでも、俺は周一郎に手が届く距離まで歩みよらずにはいられない。
(きっと、それは)
肩を叩きさえすれば振り返るとわかっているからだ。ほんの少しのきっかけさえあれば、あいつの本音が見えるとわかっているからだ。
けどそれを、どんな繋がりと言えばいい?
「……わからん」
「……」
俺の答えに、直樹はふいと足を止めた。
「わからないけど……なんかこう……繋がってるんだ、と思う」
俺の顔を見つめていた直樹は、唇の端でくわえた煙草の灰が革ジャンに落ちるのを払って、
「そりゃ結構なことで」
皮肉めかして応じ、再び歩き出した。そっけなく前を行く背中に、何となく、
「…お前はどうして綾野の手下になんかなったんだ?」
尋ねてみる。
「オレ…かあ」
ひょい、といつものように肩を竦めてみせ、直樹は答えた。
「別に食い物が手に入りゃ、それで良かったけどな。……綾野の悪の程度にも惚れてたかな」
「周一郎の身代わりは?」
「……この前の冬、初めて朝倉周一郎を見た。子どものくせに妙に大人びた目の、隙のない奴だった。オレ達の視線に気づいたようにこちらを向いたときは、さすがにどきっとした」
まるで何かを読み下すような妙に堅苦しい声で呟いた後、直樹は唐突に、にやにや笑いを広げた。
「ところが、その側に、いやにドジな奴が居やがるじゃねえか? おまけに、そいつと話す時だけ標的の表情が和らぐ。ほんの一瞬、周囲に対する警戒を忘れたように無防備な顔になる。オレは確信した、こいつはうまく行くぜ、って」
あれ?
思わず眉をしかめる。
どうもこう、直樹の口調が一定していないような気がする。文章を読み上げるような調子と、いつも通りのふざけた口調が入り交じっている。
なんでだ?
「まあ、こうなりゃ、あのドジな奴ぐらい騙すの、わけねえやと身代わり決行、ってわけだ」
確かめる前に、直樹の口調は安定した。短くなった煙草を指で弾いて道路に捨て、次の一動作で踏み消す。同時に半身振り返って、
「そうだ、そんなに恋しいなら、周一郎のまねでもしてやろうか?」
悪戯っぽく瞳を光らせる。
「未だに体によくなじんでるぜ?」
不敵に笑んだ唇が、次の瞬間、きゅっと賢そうに締まった。止めろという前に、あっという間にイメージが変化する。
「滝さん、どうしたんですか?」
淡々として、そのくせ気遣う声。
「そんなにしょげないで下さい、心配になります」
けれど、絶対あいつが口にしない類のことば。
気持ち悪い。
思ったとたん、俺は勢い良く直樹の横っ面を張り飛ばしていた。
「つうっ!」
「わ!」
慌てて右手を左手で掴む。おろおろして周囲を見回す。人通りが少なくなったとは言え、不審そうな目で人々が俺達を眺めていく。
「…ってえ、なあ!」
あまりの意外な状況に、しばらく我を忘れていたらしい直樹が喚いた。
「なんだよ! あんたがえらくしょげてっから、元気づけてやろうと思ったのに!」
ギラリとこちらを睨みつけた目に赤面した。
自分でも、またこれほど『過敏な』反応をしてしまうとは思わなかった。
「わ、悪かった」
急いで謝る。
そりゃ、今のは誰が見たって俺が悪い。
「そんな気はなかったんだが、つい」
「つい、で叩かれちゃ、たまんねえよ!」
ふてくされる直樹に必死に弁解する。
「いや、その、お前が嫌なんじゃなくて……つまり、その、そういう台詞は…偽の周一郎、つまりお前は直樹で、つまり」
「どこが『つまり』だよっ!」
苛立った相手に思わず大声で言い返した。
「つまり、いくらそっくりでも、お前は周一郎じゃないんだ!」
「……」
毒気を抜かれたように、ぽかん、と直樹は口を開け、やがて肩を竦めた。
「……やってられねえ……」
赤くなった左頬を、手の甲で撫でながら、直樹は背中を向けながら吐き捨てる。
「あんた、鈍感すぎ」




