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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
4.導火線

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20/42

5

「でね」

 突っ込みかけた俺の気配を察したのか、お由宇は直樹を放ってくるりとこちらに向き直る。

「日本へ帰ってきたのは、フランスの方と合同の仕事に取りかかるためなの」

「へ?」

 フランスの方?

「綾野の組織はトップの復活で再び蠢き始めている。放っておけば、また国家間貿易を揺さぶる被害が出てしまうでしょう。もちろん『SENS』の被害も広がる」

 そうだった。単に密輸どうのこうのではなくて、薬剤がらみもあるんだった。

「だから、表立っては動けないけれど、日仏合同で壊滅しておくことにしたの」

「かいめつ?」

 隣の猫が喧嘩してうるさいから、ちょっと怒ってくるわ、的な軽さで続いた内容に瞬きする。

「かいめつってあの、破壊するとか、徹底的にやるって、あれだよな? 新種の浜辺に居る生物とかじゃなくて」

「どんな生き物だよ、それ」

 直樹が突っ込み、お由宇が微笑む。

「今回はいろいろな『協力者』が居てくれて」

 直樹と理香に視線を送り、にっこりと笑ってから、ゆっくりと俺を振り向く。

「きっちり始末がつけられそうよ?」

「あんたは止めとけ、ドジそうだから」

 直樹がにやにや笑った。

「足手まといになるぜ?」

「足手まとい…」

 ああ、そうだろう、いつだって俺は、碌に何もわかっていなくて、何もできなくて、しなくていいことをしちまったり、言わなくていいことを言っちまったりする。そして、その結果、しなくちゃいけなかったことをしなかったり、伝えなくちゃいけなかったことを伝え損ねたりして……今もこんなに後悔してる。

「俺は…」

 理香が妙に光る眼で俺を見据えながら、直樹の腕にすがりついてぴったり身を寄せた。きつい表情、さっきまでの手荒い言動に反して、何だかいじらしい仕草だ。黙り込んで視線を落とした直樹がぽつりと呟く。

「コイツだけは、もう狙わせたくねえんだ、オレは」

 突っ張った表情が消えると、やっぱりどこか周一郎に似た寂しさが過る横顔だった。

「お由宇…」

「ん?」

「俺は何もできなかった。周一郎をほんの少しも助けてやれなかった」

 コーヒーカップを両手で包んだ。

 脳裏にマジシャンの死に顔、周一郎の死に顔、日記の、永久に埋められることのない白いページ、目が痛くなるほど磨き上げられた白い墓標が交錯し、重なり、また離れていく。口には出さないけれど、みんな悲しんでいる、周一郎のいない朝倉家を……それを、あいつは本当はわかってなかったんじゃないか?

 目を閉じると、それらの映像の奥に、燻り続ける燠火のようなものが風を得、空気を得て、再び燃え出していくのが見えた。

 願いは何だろう?

 周一郎を失った俺が、今真実願っていることは?

「……それでも、俺に何かできることがあるなら」

 気づくと口は勝手に先を続けていた。

「手伝わせてくれないか、お由宇」

「…そう言ってくれると思ったわ」

 微笑んだお由宇は空になったカップを、俺の掌から持ち上げた。

「お代わりをいれてくるわね」

 カップがなくなった掌は、まだ空間を包んでいる。

 周一郎という名前の、友人を。

「…代わりなんかいない」

 俺の呟きに直樹が反応した。

「次のが来るさ」

「代わりなんかいらない」

 見上げた視線を受け止める相手に、繰り返す。

「俺はまだ、あいつと出会ったことを終わらせてない」

「…」

 直樹は一瞬大きく目を見開いた。


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