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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
4.導火線

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19/42

4

「で、」

 誰なんだ?

 さっきの事件のショックからやや立ち直って、俺は前を行く娘を顎で示した。

「立花理香さん。日本での仕事の協力者よ」

「協力者? お前、一体何をしてるんだ?」 

 きょとんとすると、お由宇はふふっと謎めいた笑みで応じた。

「話せる部分は後で話すわ」

「……話せない部分は」

「今にわかる」

「また名探偵気取りかよ…」

 いいかけて脳裏を、朝倉家ででくわした事件が掠める。

 あの時はあいつが居た。

 今度は俺一人で立ち向かわなくちゃならない。

(京都の時だって結局は)

 落ち込みかけた俺は、次に聞こえた理香の声に飛び上がった。

「直樹!」

 直樹?

「って、待てよ」

 慌てて顔を上げると、理香が走っていく先にはもうお由宇の家が見えてきていた。家の前には、煙草を銜えた、理香と同じような革ジャンの男が立っている。理香を見つけると煙草を指先で弾いて捨て、ふてぶてしい笑みを浮かべて両手を広げる。その腕の中へ飛び込んだ理香は、人目も憚らず相手の首に腕を巻きつけ伸び上がってキスをかわした。

「わー」

 二重のショックで口をぱくぱくさせる俺を従えて、お由宇は抱き合う二人の横を平然と通り抜けながらたしなめる。

「そういうことは中でやりなさい」

「…と言ってもね、ここ二、三日こいつと会えなかったんだから」

 名残惜しげに唇を離して、男はようようこちらを向いた。だが、片手はまだ理香の腰に回されたままだ。

「滝さん、お久しぶりですねえ」

 にやっと不敵な笑みを浮かべる顔は、できれば今一番見たくない顔、周一郎の顔だ。

 里岡直樹、周一郎の代わりとして俺を騙そうとした少年……。

「まあ、こんなところで立ってないで、入りましょう」

 直樹は卒なく続けて、あ、と口をつぐんだ。少し沈黙した後、気まずい微笑をにじませる。

「いけねえや、『前』の癖が残ってるな。どうしてもあんた相手じゃ、敬語になっちまう」

「志郎」

「あ、うん」

 引きつりかけた顔をことさら伸ばして、お由宇の後に続く。

 なんでこいつが、こんなところに居るんだよ?


 数十分後、湯気のたつコーヒーカップを手に、俺達四人はお由宇の家の居間に居た。

「傷は?」

「かなりまし。無茶やってくれるぜ」

 直樹は理香の声に、つい、と額に手を当てた。よく見ると髪に隠された額に白い包帯、片手にも包帯が巻きついている。ばさりとした髪の下から、妙に凄みのある目で俺を見つめる。

 周一郎ならそんな目で俺を見ない。

 いや、今となっては、俺を見もしないかも知れない、信頼を裏切った友人、なのだから。

 その俺の表情に気づいたのだろう。

「ご不満のようですね?」

「敬語を使うな」

 問いかけた直樹に俺は唸った。

「あいつを思い出すばっかりだ」

「へえ?」

 おやおやと言った顔で肩を竦めた直樹は、お由宇の方を向き、

「オレの顔が気に入らないのかな?」

 軽く首を傾げてみせる。

「それとも、オレが自分を詰るように見えるとか?」

 どこまでもふざけた口調だった。

「志郎」

 お由宇が小さく吐息をつく。

「あなたの気持ちはわかるけど……彼は綾野相手の場合、どうしても必要な人なのよ」

「…わかってる」

 なら、顔を整形させ直してくれ。

 危うく言いかけたのを思いとどまった。

 だが、それは本音、今にも吹き出しそうな本当の気持ちだ。

 絶世の美男子だろうが、神話に出て来る偉丈夫だろうが、どっちでもいい。俺の知らない、全く違う男の顔でやってくれ。でないと、周一郎を重ねてしまいそうになる、今のままでは。

「わかってるよ」

 呟いて、無意識にそっぽを向いた。

「ちぇっ、冷てえの」

 直樹がふてた。

「あの時だって、せっかくバイクで追いついたってのによ」

「あの時?」

 思わず聞き返した。

「あんたが周一郎と和野岬に行った時だよ」

 ちかっとオートバイの競り合い場面が脳裏を掠めた。

「ひょっとして」

 確かにそう言えば、HONDAの750のライダーの姿が目の前の男の動きと微かに重なる気もする。

「綾野が生きてて、あんたらを狙ってるって教えてやろうとしたのにさ、あんたらは気づかない。おまけに綾野の手下が邪魔しやがるし、珍しくしつこく競り合って事故ちまって、このザマよ。あっちは死んだけどな」

 それが『元々』の癖らしい、直樹は肩を軽く竦めてみせた。

「けど、どうして…」

 直樹は綾野側だったはずだ。

 俺のことばの先を察したらしく、直樹は煙草に火を点け、唇の端で銜えた。

「オレ、あの家では保護観察処分? てやつで」

 あの家、とは里岡家のことだろう。ことばに含まれた冷ややかさに、直樹は『あの家』におさまりきれなかったのだろう、と推測する。

 ふう、と物憂げに煙を吹き出して、直樹は続ける。

「何回か、けーさつへ出ばってね、事件の証人喚問とやらに答えてた。で、綾野が死んだって言うんで、こりゃ全部吐いちまっていいかなと思った次の夜ぐらいにさ、襲われて殺されそうになったんだ」

 じっと煙草の先を見つめる。

「……それまで、オレ、少しは綾野を尊敬してたんだよね。あそこまでやることやって悪になれるのも偉いとか。なのに、オレ一人の口を塞いで、自分だけが生き延びようとセコイ手使う。あげくのはてにコイツまで狙いやがって」

 くい、と直樹に頭を抱き寄せられた理香は、妙にしんみりした顔になっている。

「で、オレ、もっとやばくなる前にあんたらに教えてやろうと思ってたんだけど……遅かった、な」 

 直樹は、パシイッと片手のこぶしをもう一方の掌に叩きつけた。こぶしの傷が痛んだらしく、ぐっと眉を寄せる。

「直樹君は協力を申し出てくれたわ」

 お由宇は滑らかで無駄のない動きでコーヒーを口元に運びながら、直樹の煙草を取り、灰皿に押しつけて消した。目の前で動かれても、雑誌のモデルか俳優のような綺麗さ、けれど、そんなことには頓着せずに、直樹がちぇっと舌打ちする。

「傷によくないわ」

「協力はする、けどオレの自由まで奪うなよ」

「死にたければ勝手になさい。ここなら綾野も手を出しにくいでしょうけど、他の場所は知らないわよ」 

 お由宇がさらりと脅して、直樹がことばに詰まる。

 ここならって、ここは普通の一軒家だろ、綾野が手を出しにくいって、一体ここに何があるんだよ。


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