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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
4.導火線

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2

「……っかしいな」

 俺はうろうろともう一度道を戻った。

 確かこの角だったはずだ。そして、そこから……?

 五度目か六度目の、角を曲がるという行為を繰り返す。

 見覚えのある街並、通り過ぎたような店構え、たぶん俺はあの時この道を行ったはずなのだ。なのに、心に引っ掛かる何かがあって、角を曲がった、そこから進めない。

「く、そっ」

 ひどく妙な感じだった。進もうとするたびに、心のどこかから「違う違う」と叫ぶ声がして、手足がこわばってしまう。意地になって、倒れ込むのも想定内、一歩大きくそちらへ足を踏み出したとたん、

「きゃっ!」

「わ!!」

 悲鳴とともにいきなりぶつかってきた塊に吹っ飛ばされる。

(マジシャンっ?!)

 そんなことがあるはずはないと思いながら、そう閃いた次の瞬間、

「何してんだよ、このドアホッ!」

 飛んできた罵声にぎょっとする。たぶん俺とぶつかって転がったのだろう、目の前で尻餅をついていた娘がぱっと立ち上がり、きつい目で俺を睨みつける。

「トロい顔していつまでも座ってんじゃないよ! 怪我でもしてんのかよ!」

「え、いや、あの」

 すっかり気を飲まれて、俺は相手を見上げた。歳の頃、十六、七、黒の革ジャンと革ズボン、はっきりした顔立ちに化粧がよく似合っている。ショートカットの髪を無造作にかきあげ、見下すようにねめつけた。

「早く立ちなって、みっともない。それとも……あれ?」

 俺を罵倒していた娘がひょいと視線をずらせる。

「由宇子さん!」

「へ?」

 振り返ると、ベージュのニットワンピース姿のお由宇の姿があった。

「あら、志郎」

「あら、志郎って……じゃ、この人が滝さん?!」

 娘が素っ頓狂な声を上げてげらげら笑い出す。どうやら俺を知っているらしい。だが碌な『知り方』じゃないのだろう、腹を抱えて笑いつつ珍獣でも見るような目に、むっとして急いで立ち上がる。

「日本に帰ってたのか?」

「ええ、ちょっと前にね。こっちで片付けたい仕事ができたものだから…」

 ふ、と憐れむような、聖母マリアじみた表情を浮かべて続ける。

「周一郎が死んだ、と聞いたけれど」

「ああ」

 思わず目を伏せた。

「そう、なんだ」

 殺したのは俺らしいんだが。

 お由宇なら、何かもっと有効な手立てを思いついたり手伝ってくれるかも知れない。だが、その前に俺は人殺し(間接的にでも)だと告白しなくちゃならない。それもまだ決心がつきかねた。だが、

「ところで、こんなところで何をしてるの?」

「う」

 相変わらず、お由宇はまっすぐ焦点を突いてくる。

「大学は?」

「う」

「アルバイトは?」

「う〜」

「どこへ行くつもり?」

「う、う〜」

「この人、熊か何か?」

 娘が容赦なく俺を指差して獣扱いした。

「違うわよ……違うから、何かをしようとしてるんでしょ?」

 にっこりと微笑まれる。

 だめだ、見抜かれている。

「実は」

「実は?」

「周一郎の件で、マジシャンって娘と俺が関わってるらしくて」

「マジシャン?」

 ちかり、とお由宇の目が物騒な輝きを帯びる。

「それで?」

「居場所を知ってると思うんだ。だから、そいつの所へ行こうとしてるんだが、どうにもこっから動けなくなっちまって」

「へえ〜べビーカーが要るんだあ?」

「動けない」

 娘の茶々にお由宇は動じない。

「そうなんだ、早くしないと、あいつが逃げちまう」

「…志郎?」

「あん?」

「これを見て?」

 お由宇は軽く頷き、首から外した銀のロケットをするりと俺の前に垂らした。突然の動き、思わずその揺れるロケットを眺める俺に、子どもをあやすような優しい口調で呼びかけてきた。

「銀のロケットよ。この中に何が入っていると思う?」

「さ、あ…」

 ロケットはゆっくりと左右に揺れる。

 どこかでこれとそっくりなものを見た、と思った。銀色の何かが視野を過ってゆっくりと動く。白い反射。白い面輪。白い顔。白い……月。

 コーヒーはどこだろう?

「さあ、私が手を叩くとすべての暗示が解けるわ、3、2、1!」

 パン、とお由宇の手が鳴った。びくっとして我に返る。

「あれ?」

 違和感は足下にあった。

 軽い。

「俺?」

「行きましょう、志郎。マジシャンが危ないわ」

「え?」

 走り出すお由宇に慌てて肩を並べる。

「マジシャンが、危ない?」

 聞き間違えたのかと思ったが、相手は真面目な顔をしている。

「危ないって…?」

 走りながら尋ねた。

 敵方は周一郎を始末した。危険なことはもう何もないだろう?

「あなたがいるでしょ」

 お由宇が走りながらさらりと口にした。

「俺?」

「そう、今もこうして」

 どんどん真実に近づいている。

「あ」

 確かにそうだ、今の今まで角を曲がって、それから、がどうしてもわからなかったのが嘘のように、俺は先に立ってマジシャンの家に向かって走っている。

「志郎が進みにくかったのは催眠暗示が続いていたせい、でしょうね。目的を果たした後に追跡されないために、記憶の連鎖を切っておいた……けれど、それだけの用心をしていても、あなたはここまで来て…しまった」

 見覚えのあるアパートが見えてくる。

「それほどあなたが鈍かった」

「おい」

「…わけ、じゃなくて」

 軽く息を弾ませたお由宇が笑う。

「それほど、あなたと周一郎の結びつきが強かった。……それを利用しようとした綾野が、あなたに直接接触しているマジシャンをそのままにしておくとは……思えない……安全弁は幾つでもあったほうが…いい」

 はっ、と軽くお由宇の呼吸が乱れた。もちろん俺はもう聞くだけで手一杯、ぜいぜいはあはあ言いながら、それでも何とかマジシャンの部屋のドアに飛びついた、その瞬間。

「ぶがっ!」

 ドアが勢いよく開け放たれて、視界が火花に覆われた。

「どわあっっ!」

 続いて小さな手が容赦なく俺を突き飛ばし、目一杯ぶつけた鼻を押さえて仰け反った俺は、ごっどぐっどしんっ、と擬音語満載で背後に転がる。

「待ちなさいっ!」

 お由宇の制止の声、足音が乱れる。

「理香さん!」

「わかってる!」

「うぐぐぐ」

 涙でぼやぼやした視界の中、背後からついてきていた革ジャンの娘が応じて、そちらへ走っていく娘を遮ろうとする。だが、一瞬遅く、身を翻したマジシャンが一気に道路の向こうへ走り抜けていこうとする。

 だが。

「あああっ!」

 ぎゃあああんっ。

 悲鳴とも金属音とも取れる無機物な叫びが響き渡り、逃げ切ろうとしたマジシャンと理香の間を一台のバイクが横切った、と同時に、先に走っていたマジシャンの体がぐきょっ、と妙な角度に折れ曲がるように傾ぎ、次の瞬間、ボロ切れのように吹っ飛ぶ。

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