流転
「陛下、陛下に20の歳からお仕えして早8年。昨晩私の枕元に現れた神からの神託を受けました。元居た世界に帰還せよと啓示を受け、元の世界に帰還します。今まで与えられた地位と名誉を陛下に返却し、この世界から離れる為の挨拶に参りました。」
ゼフィール王国の宮廷に英雄王ゼファーソンを中心に武官文官幾十人も立ち並ぶ中、沢辺可夢偉と名を持つ青年が国王に自分が決めた決断を伝えると、宮廷内はどよめきが起きていた。
別れを告げた青年の目の前の玉座に座るのは堂々した偉丈夫で、自らも戦場に立ち時には敵兵とも剣を交わる事も厭わない覇王ゼファーソン3世は、10年に亘る魔族との大戦を勝利し、今まで粉骨砕身して覇業を支え10年の短い期間ながら自分の股肱之臣として働いてくれた、黒髪の青年の決断を聞き天を仰いで嘆息した。
「可夢偉よ、其方はどうしても故郷に戻るというのだな・・・・」
「はい。この世界に召喚術により招かれて、8年。最初の約束は、魔王レーブリッグを討ち取り魔族を壊滅させた時に祖国に帰還を許す話でしたが、魔族の脅威が無くなると今度は、人類国家同士の戦乱が起こり、1年前にやっとゼフィール王国が大陸第一の国家へと上り詰めたので、陛下への義理は果たしたと自分は思ってます。」
「可夢偉には、今後も大陸の静謐を守護して貰いたい。その為に、大事なわが娘キンヴァリーを其方に娶って欲しいのだ。」
「可夢偉殿、キンヴァリーはあなた様を大変お慕いしております。どうか可夢偉様のお傍に置いて貰えませぬか・・・」
「私も父上と同じ気持ちだ。妹を其方の伴侶にし、今後も訪れると思われる難局を切り抜ける為に、可夢偉殿に人類を助けて欲しい。」
「可夢偉様、私は可夢偉様以外の者と結婚するなんて、考えられません。私は可夢偉様と一緒に辛苦を共にしとうございます。」
ゼファーソン陛下を中心にロイヤルファミリー全員が、まるで母親をすがる子供のような視線を目の前の青年を見つめて、彼の決断に固唾を見守っていた。
「ゼファーソン陛下、ライザ王妃、テリー王太子、キンヴァリー姫。私が元居た世界は、ここの国のような数多な人材や優れた魔法などの恩恵が無き世界でした。私の出身は、ある国の中で少数民族の血を引いていて、文字などで記録する知識を持ちえなかった為に、未開の民族としてその国に吸収されました。国民として吸収されて150年以上経ちますが、未だ同胞達はさまざまな事で苦しんでる事があります。私は元の世界に戻り、同胞達を守護したい為に帰還したいのです。」
「其方を慕う者達はキンヴァリーのみだげではないぞ。ここの国の武官・文官・臣民達も其方を慕っておるのだぞ。」
「私も彼等との別れはとても辛いです。ですがもし私と同じ立場となり、元居た世界に未練あれば誰もが地位や名誉など投げ捨て、帰還を選択せざる得ないでしょう。」
しばし沈黙の時が流れ、ゼファーソン陛下は決意した表情で口を開いた。
「わかった・・・元々我らの世界の危機に召喚し、こちらの都合を押し付けたのだから、これ以上は其方を留めようとしない。」
「「陛下! 父上!!」」
「但し其方には、キンヴァリーを娶ってもらう。我が娘は、純粋に其方を愛しておる。キンヴァリーは、俺の大切な大切な娘だ。親の贔屓目抜いたとしても彼女は器量良しであり、さらに神聖魔法が優れており、もし未婚でいるならこのまま我が国の次期法皇の座に座るのが間違いない。その愛娘を親の我が儘として、せめて好いた男子に嫁がせて、幸せになってもらいたいのだ。」
「私からもお願いします。娘キンヴァリーと結婚式を挙げて、可夢偉殿の世界に娘を伴侶としてお連れください。それが母親としての願いです。」
「私の勝手な願いを聞き届け、さらにキンヴァリー姫との結婚までお許しになられるとは、大変恐縮します。」
「結婚式と可夢偉の役職離任式は、急ぎ準備させるので其方の仕事を引き継ぎさせよ。引継ぎが終わらなければ、送還の儀は行わなん。」
「わかりました。私が帰還しても問題ないように使える知識は、後任の者に教えましょう。」
沢辺可夢偉は、こうして元居た世界への帰還へと準備が動き出した。