表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

試合は既に始まっていた。

「何にもない」


 客が一人もいない茶屋で彩音は頬を膨らませ愚痴った。


 九朗が来てから一週間がたっている。

 

 あの後、大吉に「ま、だからといって怪しいのは間違いねえ、一応、彩音ちゃんも注意して見といてくれ」と言われ、彩音は九朗に付きまとい、怪しいところがないか観察する事にしたのだ。 

 もともと彩音は好奇心が強いのもあって、忍者になった気分で、やる前は楽しく思ってワクワクしていた。だが、始めてみるとすぐにつまらなくなってしまった、一言でいうと飽きた。

 なぜなら九朗は仕事をしているか家にいることの二択しかなく、必然的に彩音が出来ることも、こっそり仕事している姿を覗くか、家をじっと監視するぐらいしかない。

 九郎の仕事ぶりは不器用ながらも黙々と真面目にこなすだけであり、怪しい所は何も無い。

 家にいる時は外出もしないし物音一つしてこない。

 一度、不思議に思って夜中にこっそり覗いて見たら、九朗は部屋の中央で座禅を組んでいた。

 しばらく見ててもあまりに動かないので、それではと思い家に入ってみても動かない。

 身体を突いても反応がなく、耳に息を吹きかけても動かない。

 思いきってビンタをかましてみても動かない。

 助走をつけたドロップキックで吹っ飛ばした時に初めて反応があった。

 それでも平然とした顔で倒れたまま「……何かようか?」と言っただけなので、蔑んだ顔で見下して「別に」とだけ言って帰った。


 この事を後日大吉に話したら、

「恐怖! 夜中に勝手に家に入って来て、散々暴れて「別に」で去っていく女!」

 と大笑いされた。

彩音としてはただ自分の役目をまっとうしていたつもりなので、大笑されるのは不本意だと頬を膨らませたら、さらに大吉に笑われた。

収穫と言えば、九朗の顔をビンタした時にわすがに額に丸っぽいアザが見えた事ぐらいだ。もしかしたら九朗はそのアザが嫌で、それを隠したいから髪やひげを無精で通しているのかも知れない。そう思い、それから彩音は九朗に髪やひげの事を言うのを止めた。


 結局、成果といえばそんな事ぐらいで、あやしいところが何もなかった事と、客がいない事も合わせて出た言葉が冒頭の台詞である。


「みんな私に「九朗はちゃんと仕事してるよ」って言ってくるし、私はこっそり九朗を観察してるだけなのに」


 こっそりしていると思っているのは彩音だけで、周りには九朗が仕事をサボってないか監視している様にしか見えなかった。

 彩音がそんなことを思いながら暇そうにしていると、顔を真っ青にした大吉が茶屋にフラフラと入ってきた。


「ちょっと、どうしたの、親父さん! 顔、真っ青じゃない!」


 大吉は慌てて駆け寄る彩音の方も向かず、しゃがみこんで「面目ねぇ、面目ねぇ」と繰り返すばかりだ。

 彩音はこれはただ事ではないと思い、店の事をタイミングよく入って来た客に任せ、大吉を奥の部屋で介抱することにした。

 客は片目に眼帯をした男と、やたらと前髪が長い男の二人組だった。

 大吉は奥の部屋につくなりまた謝り始めた。


「面目ねぇ、面目ねぇ、彩音ちゃん」


「面目ねえだけじゃ、分からないよ、親父さん。何があったの?」


「……門黒屋(もんぐろや)だ」


 彩音は自分の記憶から、その言葉を探しだしてみた。大通りにある店だ。この茶屋も端とはいえ大通りにあるので、わりあい近い。

 店の方からはスパーリングをしている音が聞こえてくる。


「確か、最近うちの町に越してきた呉服屋さんよね?」


「……ああ、表向きはなぁ。だが、裏の顔は悪どい金貸しよ」


「……金貸し」


 ハッと息をのむ。

 店の方からはゴングのような、金物を打ち鳴らす音が一度響いてきた。


「俺は最近、ここいらの証文を集めてる奴がいるってんで、調べてたんよ。そしたら、全部が門黒屋につながっとった。それで、今日怒鳴りこみに行ったら……」


 大吉は何度も深呼吸をして、呼吸を整え絞り出すように言った。


「『侍』がおった」


 そこまでで、もう限界だとでもいうように、大吉はうずくまって震えだした。

 彩音は大吉の背中をさすりながら、戸惑いを覚える。

 田舎であるこの町には警察のような公的な機関は存在しない。顔役と呼ばれる大吉のような人々が中心となって、昔から町の平和を守ってきた。

特に大吉は武闘派で、時には野党や素浪人、盗賊団などが町に入り込み命懸けの争いに発展する事もあったが、その全てに大吉は勝利してきたのだ。

 そんな修羅場をいくつもくぐった事のある大吉が、いくら『侍』が強いとはいえ一人の人間である事には違いないのだから、こんなに怯えるのだろうか?

 店の方から流れてくる不思議な熱気を感じながら、そう彩音は思っていた。

 店の方からは「頑張れー!」「負けるなー!」などの声も聞こえてくる。

 その声援のお陰なのか、落ち着きを取り戻した大吉は、そのままポツリポツリと話し始めた。


「……俺が怒鳴り込むと、すぐに奥の間に通された。……そこには、門黒屋とニヤニヤしているいけすかねえ『侍』がいた。けど俺は気にしなかった。この間の竹光野郎のことも聞いてるし、はったり役の『エセ侍』かもしれねえ。……門黒屋は俺が座るなり、逆にこっちの土地の権利書や……お前、彩音を要求してきた。」


「っえ! 私っ?」


思わず彩音は飛び跳ねた。

 店の方からも大きな歓声が上がる。

 それを気にする余裕もなく、大吉は話を続ける。  


「……ああ、もちろん断った。俺がお前らが集めた証文を吐き出させに来たってえのに、なに言ってんでい! ってな。そしたら、あいつら大笑いした後、『侍』が俺に向かって腰の『刀』を抜いたん……!」


「親父さん!」


 話の途中で急にまたうずくまる。

 カウントを数える声が店の方から聞こえる。

 彩音は慌てて大吉の背中をさすろうとするが、その前に大吉は手を上げそれを制した。

 カウントが数え終わり切る前に、大吉は話を再開した。

  

「……大丈夫だ、すまねえ。……でな、あの『刀』を向けられた瞬間だ、俺は急に怖くなっちまったんだ。怖え、怖え、何が怖いかわからねえが、とにかく怖え。『怖え』しか頭ん中になくなっちまったみたいだった。あれが『刀』の力ってやつなんだ……。もうわけわかんなくなっちまって……言われるがまま何回か拇印も押しちまったようもする。そうだ、そん時に胸になんか紙を入れられて……」 


 大吉は胸のあたりを探し、紙を取り出した。


 そこには。



今宵、そちらに#籠__かご__#を出す。


全ての権利書を、出来るだけ胸を強調する服装をさせた彩音に持たせ、#籠__かご__#に乗せろ。

 

                

追伸---二枚目に、胸を強調する服のリストを作っておいた。二重丸がついているのはおすすめだ。


ーー門黒 静馬より愛をこめて。



 二人は二枚目は無かった事にした。



「親父さん! 私、行くよ!」


「彩音!?」


 突然彩音は立ち上がり大声をあげた。

 店の方からも今日一番の大歓声だ。

 まるで誰かがダウンから劇的に立ち上がったかのような大歓声だ。

 ビックリして大吉は彩音を見上げる。


「それで、時間を稼ぐ! 私、聞いたことある。都にどんな些細な悪も許さない、正義の『侍』がいるって! その人に助けを請おう!」


「彩音……」


 彩音の健気な言葉に大吉の顔が崩れ始める。

 店の方からも誰かが崩れ落ちたかのような悲鳴が聞こえる。

 そんな大吉に彩音は優しく、力強く断定した。


「そんな顔しないでっ、大丈夫。ついでに、みんなの証文とかも取り返す! おとっちゃんや母ちゃん、それに親父さん! 私は三人の娘なんだよ! 私は強い! 絶対に大丈夫!」 


「彩音ーー!」


 大吉はとうとう泣き崩れてしまった。

 そしてゴングを激しく打ち鳴らす音が店からも聞こえる。

 店中すべてを激しく震わせる大歓声が響きわたる。

 町中の人が茶屋の中で声をあげてるんではなかろうか、というような大歓声だ。

 その大歓声が聞こえる中で、彩音は大吉の背中を何度もゆっくり撫で続ける。

 何度も何度もゆっくり撫で続ける。

 大吉の嗚咽がもれる声と大歓声が聞こえる部屋の中にいる二人を、いつの間にか夕焼けが優しく照らしていた。 


 そして、……(ふすま)の裏の気配が静かに消えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ