闇を泳ぐは彼か彼女か
<彼/彼女>は、夢がある。
周囲から止められ、馬鹿にされ、笑われている。
それでも昼夜問わず、努力を重ね続けた。
耳障りな騒音と息苦しい日々が続く。
<彼/彼女>は、夜が好きだった。
夜の闇は、全てを受け止めてくれるから。
夜の闇は、静かにそこにあるだけだから。
夜の闇は、自由に息をさせてくれるから。
<彼/彼女>は、気分転換に夜の散歩へ出た。
しばらくして己の体が重く感じた。
ぬかるみに足をとられてしまったかのよう。
今夜が異質なのか、自分が異常なのか、判断がつかない。
<彼/彼女>は、それでも歩みを止めるわけにいかなった。
絶えず足を動かしていないと、周囲の雑音に引きずり込まれてしまう。
無理、無駄、無謀、無縁、無様、無用、無能、無意味、無価値。
底無し沼に広がる、虚無と絶望の言霊たち。
<彼/彼女>は、ついに足を止めてしまった。
深い暗い沼に、己の姿が浮かび上がる。
つるりとしたのっぺらぼうの顔、だらりと下げた両腕。
両足なんてひとつになってしまい、まるで魚の尾びれのよう。
歩く必要がないから、こんな形になってしまったのか。
<彼/彼女>は、項垂れる。
しかし、妙案が思い浮かんだ。
勇気がいることだが、ここにいるよりましだった。
思い切って尾びれを蹴り上げ、目の前の闇に自ら飛び込む。
とぷん。
<彼/彼女>は、たゆたう。
最初はどうしていいかわからなかった尾びれ。
徐々に力を抜き、緩やかに波打てば、面白いほどよく動く。
いつの間にか体が軽くなってきた。
<彼/彼女>は、笑う。
どうして前に進む方法が、足で歩くだけだと思い込んでいたのか、不思議だった。
歩いてもいいし、走ってもいいし、転がったって、こうやって泳いだっていい。
前に進むことを止めなければ、何だっていいんだと気付く。
<彼/彼女>は、泳ぎ続ける。
それも疲れたら、また歩こう。
進もう。とにかく進もう。
合法なら、手段は何でもいい。
<彼/彼女>は、夢がある。
周囲から止められ、馬鹿にされ、笑われている。
どんな形でも、どんな理由でも、誰にも止められる権利など、ない。
夢のために、今日も前へ進む。