第三十話 ~温もり~
「え……えぇ」
レスティは先ほど自身が見た光景に対する感想が口からもれる。
驚きを通り越して抱いたありえないというものだ。
だが、その感想を抱くのも無理もない。
シェンリィと彼女の近くに居る自身を中心以外が空洞になっていると思われるほど地面が抉りとられていた
これを子供と見まがう程の容姿や背丈をした者がやってのけたというのだから。
「うーむ、つい熱くなってしまってやり過ぎた。 レスティ、ケガは無いか?」
「はいっ! シェンリィさんのおかげで傷は一切ないです」
そうか、と言って満足気に頷いているシェンリィを見る。
その表情に疲労などは一切見当たらない、恐らく彼女にとってあの一撃は本気ではないということだろう。
レスティはカイトが最上位魔族を
いとも簡単に切り伏せた時のことを思い出していた。
これが、その道を極めた者達の実力なのだとレスティは実感したのだった。
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「ここから後はあの女から奪ったこの導きの光で洞窟の出口まで行き、カイトを待とう・・・て、おい、私の話を聞いているか?」
「……あ、すっ、すいません!聞いてなかったです!」
「正直なところは感心するが、さっきから上の空といった感じだがどうかしたのか?」
「いえ、そんなことは」
シェンリィからの呼びかけに我に返ったレスティ、レスティは先ほどの自身の初めての戦闘を振り返っていた
初めての戦闘、といってもレスティはこれまでの己の人生で戦闘を経験したことがないというわけではない
かといって、それは村の周辺に出現する下級魔族のスライムとのものであり対人戦しかも相手が自分よりも格段に上の相手との
戦闘などは経験したことがない。
ただ、レスティが抱いた感情は己の不甲斐なさだった。
自分の全魔力を出し切り放った魔法、テラ・ファイア、至近距離でそれを直撃させたときにレスティ自身は勝利を確信した。
そして、思ってしまったのだ。
なんだ対人戦もこんなものなのか、と。
しかし、その後、自分はアルーナの複写呪術による分身を倒したにすぎずシェンリィがいなければアルーナによって残忍な殺され方を
されていただろう。
そんな己の不甲斐なさに打ちひしがれていたことでシェンリィの話を何一つ聞いていなかったのだ。
「何だ? 悩み事か? ふふふ、だとしたらこのお姉さんに何でも相談していいぞ! このお姉さんに、なっ!」
やたらとお姉さんの部分を強調するシェンリィ、よく見ると彼女の顔や体のあちこちに決して浅くはない切り傷ができていた。
「そんなっ!? シェンリィさん、ケガをしてるじゃないですか!」
「む? あぁ、なにせ私も長いこと対人戦をやっていなかったものだからな、腕が鈍ったのだろう。気おつけなくてはな」
恐らく、アルーナが投擲した無数のダガーを防ぐ際,レスティに当たらぬように防いだのだろう
今、洞窟の中に倒れているアルーナの分身だった者達は優に五十人は超えていた
その者達が放ったダガーを二人分防ぎきるのは至難の業だろう
「……ッ!」
レスティは思う
勝ったと、楽勝だったと自惚れた結果、最後には動くこともできずに目の前の絶対悪に対して
身体を震わせながら恐怖するしかなかった
だが、この人は己が身体が傷つこうともを助けようとする
さも、それが当然のことのように
「うっ……ぐすっ……」
「なっ!? どうして泣くんだレスティ! ど、どこか痛いところでもあるのか? それとも、私が原因なのか?」
突然のことに慌てるシェンリィ、レスティは恐怖から解放されたことへの安堵感や何もできなかった情けなさが混同し、不意に涙が流れてしまったのだった。
「えっと……と、とりあえず座って落ち着くんだ!」
シェンリィは不意に涙するレスティをこのままにしておくわけにもいかず
とりあえずレスティをその場に座らせ、自分も隣に座ることにした。
「こ、こんな時に私は何をしてやればいいんだ?」
普段、魔物の討伐や人を殴り飛ばすことに関しては慣れているシェンリィだが、人を泣き止ませたりする術などは全くなく
困り果てたシェンリィはとりあえずレスティの背中をさすることにしたのだった。
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それから、どのくらいの時間が経っただろうかレスティは落ち着きを取り戻しその時には涙も引いていた。
「……す、すいませんシェンリィさん。急に泣き出してしまって」
「いや、いいんだ。よく考えれば、命のやり取りをしたのだからな……死への恐怖を目の前にすれば涙ぐらい、流れてしまうものだ」
「それもそうなんですが……私、実は……」
ひとしきり涙を流して冷静になったレスティは先ほど自分が思ったことや涙の原因をシェンリィに話した。
その話をシェンリィはただ何も口を挟まずに聞いた。
そして、レスティの話がひとしきり終わるとシェンリィは立ち上がり、レスティの目の前でしゃがみ込んだ。
「……」
「あの……シェンリィさん?」
レスティと目線を合わせたまま沈黙するシェンリィ
何かを言われるのだろうか、彼女ほどの実力がある人からすれば自分の悩みなどはちっぽけなものである。
弱い奴めと言われるのだろうか。そう思った。
だが、次の瞬間、シェンリィは両手を広げ思いっきりレスティに抱き着いた。
「……え?」
「あぁ……レスティ、私はお前の気持ちが痛いという程に分かる。私も冒険者になりたての頃に全くもって同じことを思ったことがある。」
突然のことに驚くレスティ、だがシェンリィはレスティに抱き着いたまま言葉を続ける。
「お前が納得のいくような言葉をかけてやりたいと思うが私は口下手でな・・・こうするしか慰める方法が分からん。だから、まぁこれで許してくれ」
「シェンリィさん……」
シェンリィの抱擁は彼女の身体がレスティよりも小さいからか子供が抱き着いてきているように見える
――だが、レスティにとってその抱擁は全身が包まれるように温かかった。
更新が遅れてしまってすいません!また不定期で更新することになりそうですがなるべく頑張ってこれからもこの作品を書いていきたいです!




