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 『悲痛の森』を川沿いに遡っていくこと五日、相変わらず崖が深くて水は取れない。そして雨も降らない。よく考えれば日本は雨の多い国だ。世界には雨季にしか雨が降らない地域もある。それにしてはここの森は元気だし、川だって枯れてはいないが。

 …この川は一体何処から続いているのか。もしかしてこの森は地下は水脈だらけとか? そうであるなら、この森に入ってから段々と登りになってきた。水源も近いだろう。うまくいけば、森の全景も把握出来るかもかもしれない。


 感知の力はまた少し使い勝手が良くなった。感知距離が50mを超え、気配をハッキリと捉え、より意思が分かり易くなった。嬉しい反面、人に会い辛い。人間不信になりそうだ。…人、居るよね? 自分の気配は相変わらず隠せない。


 桃モドキのストックが無くなり、食料問題が再度浮上したが、結果でいえば大丈夫だった。

 『悲痛の森』は、奥に行けば果物の宝庫だった。そこかしこから美味しそうな気配を感じる。ただ、それが俺には手の付けられない硬さや棘に守られているのだ。

 しかし、それは『実』だ。熟せば落ちる、腐る、土に還る、だ。落ちたものは少し痛い思いをして道具を使って穿り回せば十分食える。

 …なぜ果物だけで体力が持つのか分からないが、栄養満点なのか?


 ただ、これも季節限定イベントだ。最近段々寒くなってきた。やはり時間との勝負になりそうだ。勿論最悪にも備える。ここで冬を越す可能性だ。そうなれば食料はますます手に入らなくなり、なにより凍えてしまう。俺の装いは春先だ。

 食料、越冬、護身。これを満たすために、狩りをしなければならない。…追い立てられてばかりだ。


 この『悲痛の森』の生物は皆、硬いか痛いか素早いかだ。どれも手が出せない。

 これに含まれない奴らも居る。狼モドキとゴブリンだ。獲物を求めている、飢えていると感情をまき散らしている。しかし、果物にも歯が立たず、昆虫に纏わりつかれ、獲物もしとめられずに彷徨っている。明らかにこの森で生活していない。きっと『外』から来たのだろう。多くて2、3匹で連れだって歩いている。『悲痛の森』を進めばそれらが現れ始めた。


 俺はこいつ等を狩ろうと思う。食うためじゃない、護身のためだ。あと毛皮。

 …いきなり難易度上がりすぎだ。


 最初の標的はゴブリンだ。

 遠目から、何度かゴブリンの戦いを観察する機会があった。そして意外と強かった。いや、最初のゴブリンがボロボロすぎたのだろう。

 以前との違いは魔力の強さだ。そいつ等にはまだ余力が残っていた。武器は変わらずの棍棒一択の様だが振りが違う。力強く、飛び掛かる勢いがあった。まあ、効かなかったが。

 そしてタフさは、より以上だ。最長10分程サンドバッグとして挑んでいた。どういう理屈だろうか? どいつも傷だらけにはなるのだが、斬る、突く、叩くの攻撃を驚くほどよく耐える。そして当たり前だが最後の一撃だけ、あっさりとクリーンヒットだ。

 こいつ等の死体からは『生きた』魔力は感じられなかった。


(魔力を使い切ったのか? 魔力で耐えてた? そんなこと出来んの!? 教えてほしい!!)


 俺には出来ない。それが『まだ』なのか、それともそれがゴブリンの特性だからか。

 しかし、俺の知っているゴブリンは断じてこんなやつじゃない。こんなヤツ雑魚っぽくないよね? これが雑魚だというのなら、これに腰の引けている俺はこの世界の人類の範疇に収まれるのだろうか、下限という意味で。


 …まあいい。兎に角まずはゴブリンを突破できなければ狼モドキも倒せないだろう。


 そんなわけで臨んだゴブリン戦、気分は決死隊だ。怖くないわけがない。だが勝算はある、狙いは単純に毒攻撃一択だ。俺の手札は変わらない、毒槍とナイフだけだ。間合いの外からチクチクやらしてもらう。

 毒液は『毒の楽園』で採取した数種の毒のブレンドだ。もしゴブリンのタフさが毒に対して効果があったとしても、それを発揮するには魔力を消費するだろう。

 そういう予想の元で、毒槍をお見舞いしつつ効果がでるまでひたすら耐える。それだけだ。


 隠れることなくゴブリンの視線の上に姿をさらす。距離は約20m、緊張の所為かものすごく近く感じる。俺を獲物と認識したゴブリンが、ニヤァっと笑った気がした。


「グゴォア~~~ッ!!」


 叫び、棍棒を振り上げ、ドタドタと不格好に走り寄る『俺の獲物』を、負けないように睨み返す。俺もヤツも気合は十分だ。


 あっという間に詰まる距離に、退かないように腰を落とし槍の穂先をゴブリンの胸の高さに合わせる。


 息を吸い、息を吐く。大丈夫だ、俺は落ち着いている。


 間合いが詰まる。イメージ通りに槍を突こうと…その瞬間にヤツは大きな跳躍をみせた。


「ガア――――」


 飛び掛かって来る姿に目を見開く。そんな行動、予想してなかった。勢い迫るヤツの醜悪な顔に、頭が真っ白になる。


 互いの目線が重なる。ニヤける奴と、呆ける俺。


 俺に喰い付かんと迫る大きな口に意識を吸い込まれ…そして自然と狙いが定まった。


「――――セッ!!」


 ………

 ……

 …


「………あれ?」


 槍を振り切ったまま、固まる俺。


 股間を押さえ、蹲るゴブリン。


 そしてヤツは…そのまま動かなくなった。


「…何でやねん」


 こんなはずじゃなかったのに。



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