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魔法の言葉は魔法 これ便利



 ゴブリンは倒れたまま動かない。周囲には近寄ってくるものの気配もない。サイ鹿はゴブリンを無視してまた灌木を毟りだしている。

 いい状況だ。これなら俺にも事が為せるはずだ。


 ―――これから命を奪いにいくのだ。


 俺は予習派だ。いずれこんな事もしなければならないと考えていた。それを想定して自分の倫理観だとか命の価値だとか、単純に可能不可能、感情的にどうかとか色々考えていた。

 結論としては『やってみないと分からない』だ。

 命を奪うなんて、常日頃からやっている。只、ゴブリンや人間を『殺す』なんて今までの俺にとっては何の価値もない行為だった。

 これからの俺に必要ならばやってみよう。ネズミだって殺したんだ、これは生き残るために必要なことだ。それが安全にこなせるならば贅沢過ぎるだろう。その後に何を想うかはそれこそ『その時』に考えればいい。

 今はもう覚悟を決めた。


 慎重に倒れるゴブリンに近づいて行く。

 手に持っているのは自作の頑丈な木の槍だ。穂先はナイフで尖らせただけ。

 人間に必要なのは武器とリーチだ。武器がないと傷すら付けられない。リーチがないと組付かれて行動力を奪われる。それが普通の人間だ。

 凄い身体能力も、魔法の力も俺にはない。異世界パワーを今からでも授けてほしい。チート万歳、俺Tueeしたい。


「………」


 だからこの穂先にたっぷり猛毒を染み込ませた槍で、まだ何もされていない無抵抗の相手を離れて突いても問題あるまい。卑劣でも卑怯でもヘタレでもない、生きる為だ。


「―――、―――」


 緊張と不安で喉がカラカラだ。心臓がバクバク鳴っている。刺さらなかったらどうしよう。

 最初はナイフを穂先にと思ったが、うまく固定できなかった。突くだけならいいが一回きりだ。実用には耐えない。


「――っ、――っ」


 いよいよゴブリンの間近に迫った。動きはない。魔力の光は弱々しいが消えてしまいそうな様子はない。まだ生きている。

 呼吸が荒くなる。予習を思い出す。イメージを繰り返し確認する。

 踏み込んで、突く、踏み込んで、突く!

 槍の長さは約3m、ゴブリンまでは約5m。素早く! 踏み込んで!! ……つく?


「………ん?」


 空を見上げ、大の字に倒れ伏すゴブリンは、息をしていなかった。


「……嘘やん」


 俺の後ろでサイ鹿が「フンッ」と鼻を鳴らしていた。


 ………。


 落ち着いて、改めてゴブリンの亡骸を見てみる。

 子供の様な体躯、禿げた頭、尖った耳、鋭い犬歯、薄汚い緑の肌――総じて醜い顔。よく語られる姿そのままだ。ここまでの異世界生活で、こいつが一番ファンタジーだ。なんか嫌だな。

 しかしこいつは野生の獣だ。つまり丸裸、寒そうだ。見たくもない裸を見れば、あばらに骨が浮いている。ガリガリだ。


(飢えていたのか?)


 それで戦っていたというのも凄いが、死因は何だ? 当たり前に考えていいものか。そしてまだ魔力を感じる。これは『生きた』魔力だ。


 俺の視界は全てが光に包まれている。木も草も虫も鳥も。岩や川や空気や死体もだ。輪郭にそって淡くすべてを縁取っている。これは世界に偏在する魔力だと思っている。

 これとは別に『生きた』魔力と呼んでいるものがある。いつも生物の気配や性質を伝えてくれるヤツだ。これは身体の芯から強く光って見える。不思議な感じだ。

 『生きた』魔力は死体には残らない。今まで見た中ではそうだった。だから『気』かとも思ったんだが…。

 しかしこのゴブリン、臭いな。おれもきっと匂うのだろう。臭い以外は嫌な感じはしない。属性が消えたみたいだ。


(これは…あれか? 魔石とか? こんな時だけラノベ通りでもなぁ。解剖したくないなぁ。でもこいつゴブリンだし。可能性は…)


 解剖した。吐いた。そしてあった。


(うげぇ…。マジかよ)


 見つけた魔石は半透明に濁った、小さく歪な見た目ガラス玉だ。あった場所は心臓だ。

 そしてゴブリンの身体のつくりは人間とそう変わらず、それは胸骨と肋骨の内側にあるわけで。解体の仕方が解らないので、全部ばらした。一度始めたからにはと、気合でナイフを動かし続けた。傍からみれば随分と猟奇的だろう、俺も気分が悪い。ゴブリンも血は赤かった。

 ついでに切ってしまった胃の中はやはり空だった。破裂した臓器とか多分なかったので死因は頭の方か?


 とにかく『魔石』だ。こいつは心臓の中に埋まっていた。確かに魔力を感じる。だいぶ弱いが。で、こいつをどうしろと?


(換金とか、魔道具の材料とか、魔法の補助とか? 今関係ないしぃ! てか魔法見た事ないしぃ!)


 いけない。落ち着かなければならない。これは俺の問題だ。最強とか成り上がりとかじゃなく、生き残りたいんだ。

 もう一度、考えよう。


(この力はなんだ? 何が光っていて、何を感じているんだ? 光は二種類でモノが見えるし生き物を感じる。気配、属性、感情。疲れたら減るくせに、死んでも残る。…俺にも魔石あったりスンの!? …事例をカテゴライズしても共通項から分かることがない。毒液は光ってなかったな。他にはなんかあっただろうか? 情報が少なすぎる)


 魔法が使えたらこの力は魔法とかでいいのだが。…いや、スキルでもいい。


(わけが分からなくても能力はあるんだ、現状それで助かってる。只、戦闘力に繋がらないだけだ。気配察知とか魔力感知とかのスキルを持っているって事でいいだろう。感情分かるんだから心眼とかできないかな。…魔眼とかはいやだ、便利そうだけど)


 だいたい、危機らしい危機は食料問題と転落死しかけた事ぐらいしかない。まだ戦ったことすらないのだ。それでもやっていけている。

 …ゴブリンの死と血を見て興奮してしまったみたいだ。感情と思考が嚙み合っていない。

 それもこれもこの生活がファンタジー要素がなさすぎるのがいけないのだ。娯楽じゃないので当たり前だが、このままじゃ野性生活満喫しそうだ。



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