ファンタジー
進化とは何か?
それは現在からすれば生命の履歴であり、過去からすれば目指すべき希望だ。億万年続く生命の夢は今だ終わりを見ない。生物の多様性は進化の系統樹に見られるように、未だ枝葉を伸ばし続けている。進む先に疑問はない、その意思に陰りはない、踏み出す足に疲れはない。
しかし、俺という一個体からすれば進化とは迷宮だ。トリックアートに描かれる階段の世界から見る幻惑の道程だ。自分が向かう先も歩んできた道も分からず、進んでいるのか戻っているのかも、続いているのか行き止まりなのかも定かではない。今いる場所も、憶えていない。
―――ここにいる理由を、俺は知らない。
それを俺に教えてくれたのは親であり、兄弟であり、友人であり、社会だった。当たり前にそこにあった世界は、俺が生きている理由だった。『私』がいるから『貴方』がいる。そんな哲学をする前から俺は生きていたのだから、我を思う前に俺は『命』だった。
そんな命の連なりを進化と呼ぶなら、俺にとっての進化とは命を次の世代に繋ぐことだ、親になる事だ。だから嫁を探す、疑問はない。
(……でも、少し疲れたな)
樹上のハンモックに寝そべりながら夜の星空を見つめる。生憎と満天の…とはいかない、それでも雲の切れ間に覗く星々は輝いていた。
異世界の星座は分からないが、地球の星座は何千年の歴史の中で殆んど変わっていないという。その変化を知る者は天文学者になれるだろう。天の世界を夢見れば宇宙飛行士にもなれるかもしれない。
しかし、俺は未だに、この世界の何者にもなれずにいた。
今日の俺は、少しセンチメンタルだ。
この世界に来てもう十ヶ月が過ぎようとしている。その間には色々な事があったが、言葉を交わした者はほぼいない。俺はずっと一人だ、大自然の中に人間は俺だけだ。なら、寂しさに気が沈んでもいいだろう? 孤独に震えてもいいだろう?
(誰か…俺にいてもいいと、言ってくれ)
自分で繋いできた命は、この世界の誰のものでもない、俺のものだ。しかし、それを必要としてくれたのは捕食者達しかいなかった。俺だってそんな彼らを『食べ物』として必要としたが。
女神様は、いるかどうかも見ているかどうかも分からないが、この世界に生きる力を与えてくれた。魔力の力であり、感知の力だ。この世界の生き物達と変わらぬ存在に生まれ変わる痛みが、あの朝の出来事なのだろう。この世界に存在することを認められた転生の儀式だ。その配慮には感謝するが、生きる理由を与えてはくれなかった。
ならば、俺にそう言ってくれる存在は、この世界の何処にいるのだろう? 俺を『人』にしてくれる場所は何処にあるのだろう?
―――俺は何の為に、この世界に来たのだろうか?
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昼間、俺はこの世界の進化を目にした。単眼鏡で見つめるそいつは、ファンタジーにお馴染みのオーガだ。
身の丈3m、赤茶けた肌、額に伸びる短い角、口端から覗く鋭い牙、太く逞しい体躯。二本の足で大地を踏みしめるそいつは、鬼だった。
しかしだ、岩の様に硬そうな肌、長く垂れ下がった腕には鋭い爪があり、重さに負けてか上体は猫背、口鼻は前方に少し突き出ており、尻には短く太い尾が見える。総じて全体的に爬虫類っぽい。
(ティラノサウルスは、鬼に進化する…だと!?)
まさかの第一恐竜人説だ。…いや、同じ鬼系ならゴブリンが第一恐竜人? しかしそれでも人とは呼びたくない野性だ。知性がなければ異種間交流はできない。
(これじゃファンタジーじゃなくてオカルトだ…)
恐竜は現代に生きていた! とかいって雪男とか巨人を挙げる眉唾話だ。しかし、それは科学的に追いかける夢であって、夢想する世界の話ではない。
彼がオーガを名乗るにはあと十万年は掛かるだろう。俺の前に出るにも、もう少し頑張って進化していて欲しかった。それならファンタジーの住人としてその丸い背中も張れただろうに。未だ恐竜とも鬼とも言えないその姿には、恐ろしくはあるものの、見てはいけないものを見てしまった気まずさしか湧かない。
俺は溜息一つを残し、静かにその場を後にした。
………
……
…
そんなこんなで曇りの夜空の下で、先の見えない世界に問いかけていた。
捕食者として、ドラゴンよりも鬼になる事を選んだ恐竜には疑問を抱く、退化している様にしか思えない。だが進化としては正しいのかもしれない、人間型は環境依存から脱却した生き物の成功例だ。
しかし、これでは古代人のファンタジーだ、まだ人が大自然を恐れ奉っていた時代の物語だ。未成熟で原始的な進化途上のファンタジーは、とても人様には見せられない有様だが、未来は明るい。
あと百万年もすれば、動物たちは立派なモンスターへと成長するだろう。ゴブリンにだって言葉が通じるかもしれない。魔法もその頃にはヤル気を出すだろう、火を吹くドラゴンも存在するかもしれない。現代人が夢に描くファンタジーだ。
そんな夢の世界のオープン前のプレオープンより大分先駆けて招待された、俺。
「完成してから呼んで下さい」
どう考えても、来る時代を間違えている。この始まってもいないファンタジー世界で一体何をすればいいのか。神代の時代なんてものじゃない、神様不在の創世記はとてもとても長いのだ。
(まさか、あの猿たちが人間の祖先何てこと…無いよね?)
本当にまさかの想像だ。人間は未だ誕生しておらず、俺はそんな彼らに火の叡智を授けた神として壁画に描かれ未来へ語り継がれる。………そんなバカな。
(………本当に、人はいないのか?)
今まで何度となく笑い飛ばしてきた可能性。その憶測が成り立つだけの状況はここに来るまでにいくらでもあった。しかし、絶望など許さない程この世界は必死だったし、俺も必死になった。
自分の目で確かめるまでは諦めたくはなかったし、信じたくもなかった。例えこの大地にいなくとも、次は船でも作って海を渡るだろう。希望を許すくらいには、この世界は広い。
そんな旅を続ければ何度命を危機に晒すかわからない。しかし、そうしなければ本当に―――何の為にこの世界に来たのか分からない。
(…生きる意味が見つからない)
それを見付ける為の旅の答えは、雲に隠れる星の様だ。全てが光り輝く俺の視界に、その光だけが届かない。
――生きる為に生きていると思っていた。
―――生きて行けば、死ねると思っていた。
――――その時には、誰かがそばに居てくれると…思っていた。
それは―――間違いだった。
「誰か…誰でもいい、俺の名前を呼んでくれ…」
その囁きを攫う風が、空の雲を払う事は無かった。
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そこからの俺は、本当に必死だった。
森を、山を、川を越えた。
虫を、鳥を、トカゲを食った。
ゴブリンを、熊を、恐竜を殺した。
靴は途中で擦り切れた。盾は砕けて捨ててきた。槍も鉈も研ぎ澄まされて鋭くなった。
雪は消え、緑が芽吹き、山に雨が何度も降り注いだ。肌を濡らす雨は段々と暖かくなっていった。
………。
そうして全てが命の熱で燃え上がる季節を前に、山の向こうに昇る煙を見た。
第一章、完…みたいな感じで
初めて書く小説は思った以上に大変です
という事で誠に勝手ながらに続き書くか悩んでいます
読んで下さった方々には感謝しかありませんが
この作品、面白かったでしょうか?
これも誠に勝手な言葉ですが、コメント・感想頂けたら嬉しいです




