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期待値と実数の差異は認識力で埋まると言われました フラグで如何にか出来ませんか?



 魔力に拠る身体強化には成功したものの、強くなれた喜びに浸れたのは一瞬だった。やはり俺は弱かった。

 気付いてしまえば顔面蒼白で心はお寒いかぎりだ。「調子乗ってましたっ! すいやせんっ!」ってなものだ。トレントにだって土下座したっていい。「ありがとやんしたっ!」って事だ。

 しかし、目の前にいらっしゃらないのなら仕方がない。さっさとお暇させてもらうとしよう。

 いそいそと、大して早くなる訳も見つからなくなる訳でもないのに体をより一層縮めて山脈を分け入って行く。もう怖いのか恥ずかしいのか自分でも分からない。


(ゴブリンは、…いやゴブリンさんはやっぱり雑魚じゃないのかも)


 漲っているゴブリンさんは、はたしてお強いんでしょうか?


 そんなおっかな吃驚しながらもアベンジの予感に背中を突かれて急いで進む。山脈に入ってそろそろ一か月、いい加減に向こう側が見えてもいいはずだ。

 そう思って少し無理して登った高めの山の山頂で、俺は遂に『異世界』を目にした。

 影を落とすモノは何もない岩肌の頂点に立ち、目を見開く。


「………」


 世界は広かった。ありきたりな言葉だが、そんな感想が精一杯だ。広い…それ以外は分からない。

 今ある高い視点で以てしてもなお高い空。正直視界を占める大部分が青だ、そして白。這うように、包むように大地を覆う雲と、遠すぎる事しか分からない霞だ。

 その雲に浮んでいる山々と底に沈む大地。遠近感が働かない光景だ、スケールが大き過ぎて自分の居場所が分からなくなる。


(―――異世界で迷子、か…)


 自分でも驚くほど心は静かだった。広い世界の美しさも残酷さも、俺の心には届かなかった。俺が見ていたのは今から自分が目指すべき大地、生きていく場所だけだ。

 俺の口から自然と声が零れた。


「Hello,world」


 一度言ってみたかった言葉だ。本当は富士山にでも登って言うつもりだった。

 返事はなかったが、日差しは暖かかった。


 ………。


 少し自分だけの世界に浸ってしまったが、ここには俺しかいないのだから問題ない。山頂に登って来た目的を果たそう。

 トレントの足跡は見える範囲にはない。海は視界が青過ぎて分からない。見下ろす周囲はまだまだ山林が広がっている、そして山脈は思っていたよりも広い。通って来た山々が一番の高所という事は変わらないが、その先も高原と山群が続いている。

 ここに文明は在るのだろうか? ここをヒマラヤ山脈みたいだとは思っていてが、本気でそんな感じだ。もし人に出会えても、第一異世界人は仙人になりそうだ。


(アジアン老師もいいけど、妖艶仙女がいて欲しい)


 そして厳しくもウハウハな修行が始まる、期待が膨らむばかりだ。

 そんな妄想は置いておいて、実際に人類の気配は感じられない。いや遠すぎて分からない。地平線近くには平原と思われる広がりが見える。どれ位かは分からないが、まだかなりの距離を移動しなければならないようだ。それ以前に山岳民族だっているかもしれない。


 希望に浮かれる様は、まるで鼻先の人参を追いかける馬だ。頑張っても届かないのにご褒美欲しさにはしゃぎまわっている。実態は給与に乗らない残業だが報われるのならヤル気にもなる。

 そして何より、これは俺の仕事だ。俺のヒロインが待っているのだ! エルフでもケモミミでも、この際コスプレ美人でもいい。ファンタジーな恥じらい(?)を見せてくれ!!

 文明の予感に俺の煩悩は最高潮まで昂ってしまった。


「待っていてくれ…っ!」


 キリッとした顔を決め、山頂を後にする。山に吹く風はまだ冬の冷たさを孕んだままだが、俺の胸は熱く滾っていた。



 ・

 ・

 ・



 そんな勢いのまま必死に山脈を抜ける事、約一週間。俺はとうとう山林に出た。

 周囲は本当に秘境といえる場所だ。岩の林を縫うように流れる渓谷、切り立つ山肌にへばりつく樹木、それらを染める雪の白。静かな時間が流れている。美しい景色だ。


(…でもね、冬、長くない? ここって南で合ってるよね?)


 降り頻る雪は増すばかりだ。

 山脈の向こうの大森林で冬を感じて三ヶ月強。それが間違っていたにせよ、日に日に寒くなる気温はどういう事か。辺り一面真っ白である。

 俺は気候にも異世界の地理にも明るくはないが、自分が山脈を南東へ横断してきた事ははっきりしている。山脈の左右で気候が違うのはいいにしても、南の方が寒いとは如何なものか。この場合、南とは太陽が天中で傾いている方角だ。方位は地球の北半球と変わりない。つまり南は暖かい。

 そうすると元いた大森林は今頃もっと寒いのだろうか? 今が寒さの頂点としても、春が来るまで一か月以上は掛かる。四季がない地理であっても標高が高くあっても、南の地で冬の方が長いなんて事があるのだろうか?


(もしかして、一年が長い? 春夏秋冬全部長いのか?)


 だとすれば生物には非常に厳しい…いや、それこそ魔力なしでは辛いだろう。寒暖の差がどんな場所でも激しくなるし、何より食料の問題がある。カエルが渡り蛙になるのも納得…出来るか?

 そして、エルフは夏に日に焼けてダークエルフになってしまう。冬は脱皮してまたエルフだ。まるで白くも黒くもなる学生だ。文明エルフは性格が軽くなってチャラチャラしていたら嫌だな。


(獣人と店で焼肉を突きながら馬鹿笑いする黒エルフ…)


 おかしな妄想だ、止めよう。「ウケる~!」とか言って膝をバシバシ叩くギャルエルフとか見たくはない。是非ともこの世界は正しく西洋ファンタジーであって欲しい。


 変な想像の世界から抜けて動き出す。まずは周辺確認からだ。



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