表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

目標設定は自分でしたいです え? 低いですか?



 雪山とは何かといえば、雪の積もった山だ。

 しかし、その存在する場所によって持つ意味は違う。極寒の地は山といえば雪山しかないだろう。だが常夏の地で雪山などというモノがあれば、それはとんでもない標高を持つことになる。地球ではヒマラヤ山脈なんかがまさしくそれだ。あれは大地の壁だ。

 そんな大自然の威容は地球に様々な恵みをもたらしてきたが、人類としてはそれ自体にはあまり利用価値はなかった。いや利用出来なかった。数千m級の山は利用出来て国境線ぐらいだっただろう。それぐらい雪山は厳しい環境だ。それでもという理由でもなければ遠くに見るだけの景色だ。


 そんな山に対して誰もが知っていて、はたして誰が言ったのかよく知らない言葉がある。


「何故山に登るのですか?」「そこに山があるから」


 こんな感じの言葉だ。なにか違ったような気がするが、とにかくそんな理由で大自然に挑むのだから恐れ入る。誰もやらない、やれない事に挑戦するのだからそれはもう個人の道楽ではない、人類の可能性に挑む偉大な一歩だ。


 つまり何が言いたいかというと、


「俺ってすごくね? これって前人未踏じゃね?」


 と言いたい。誰かに言いたい。誰もいないが。



 ・

 ・

 ・



 俺は現在、雪山に突入している。といってもまだ周囲の雪はまばらだ。しかし見上げる先には荘厳な威容が天を突いている。空の青と雲の白、岩肌の黒と雪の白。その自然の彩のコントラストは言葉よりもまずは見ろと、俺の感性に沈黙を強いる。

 その静寂に挑む自分がとても小さく弱い存在なのだと、小揺るぎもしない大自然にあらためて畏怖を覚える。と同時に関係ないか、とも思う。俺は別にその山頂に挑むのではない。山脈の合間を抜けさせてもらうだけだ。


 俺の知識では、普通の雲があるのは大体高度2000m前後から。それを突き破ってそびえる山々は大体6000m前後はありそうだ。エベレスト等のヒマラヤ山脈は8000m位だ。

 それに山岳装備もなしに登ろうなぞ自殺行為だ、冬の山脈に挑む時点で十分自殺行為だが。周囲の地形の確認のためにある程度の高さまでは登るが、出来るだけ危険なルートは避けるつもりだ。何より燃料の問題がある。草木の生えない高所なんて始めから進めない。


 そんな事情から今は間近に見える尾根を目指している。周りの木々は背は低く、間隔が広くなり始めている。

 元々この大森林地帯は高所に、しかも山間に隔離されて存在するのだろう。雲が近いと感じられる。たいして登らなくても雲の中に突入してしまいそうだ。

 自分の真正面から吹き降ろしてくる凍えるほど冷たい風を狼モドキの毛皮に身を竦めて耐える。今更ながらに自身の無謀を嘆いてしまう。


(ヤバい。ちょ~寒い。マジ寒い。凍る)


 人類は標高3000mでも文明を築いた。不思議だ、何故こんな所に住もうと思ったのか。いや、理由があるのは分かっているが、俺にとっては住んでも都にはなりそうもない。おそらく低緯度のこの場所でもこんなに生きにくいのにだ。


 そんなことを思いながら数日かけてやっとの思いで尾根にたどり着く。思った以上に危険な道程だった。

 視界を覆う雲とも濃霧ともつかない白い壁や吹雪く風に何度も行く手を遮られた。足場は崩れ、強風に煽られ、積雪にはまり、何だか自然におちょくられている気分だ。そんな可愛いものではなかったが。

 生き物の気配は段々と少なくなり、襲われることも無いがそれを心細くも思った。感じられる命の光が植物のものだけになれば、世界が止まって見えた。

 そんな世界に俺は一人だ。


(………あぁ、…人に…会いたい)


 尾根から臨む自分の落ちた大森林を見つめながら、静かに涙を流した。自分でもその感情が何に拠るのかは分からない。

 しかし、見渡す限りの世界に俺の声に応えてくれる者はいない。そう感じるくらいには大森林は雄大だった。

 しばらくの放心を振り切って涙をぬぐい後ろへ振り返る。そこにはまだ超えるべき壁が聳え立っている。冷気を纏う姿はとても美しく神聖に思えた。

 今なら冒険家と呼ばれ自然に挑んだ人たちの気持ちが分かる気がする。彼等は示したかったのだろう、自分は此処にいると。そう、叫びたかったのだろう。


 分かる気がするだけで挑んだりはしないが。


(…俺はこっち。あんたに用はない)


 俺は山の神様に挨拶しに来たのではない。用があるのは壁の向こうのヒロインだ。楽に行けるならそっちを選ぶ。博愛主義は掲げたが、攻略対象はチョロイン限定だ。

 その為のルートを探してキョロキョロと視線を巡らす。今いるのは標高3000m位だろう、十分高いが進む先にはまだまだ高い山が連なっていて向こう側は見えない。


(食料が持つかな?)


 そんな不安を抱きながら次の目標を単眼鏡で見定める。どこかに川でも見つかればいいのだが、一か月以上こんな調子だとさすがに持たない。また何処かで狩りをしなければ。

 とりあえずのルートを定めた俺は、そこへ向かうべく山の谷間へ足を進めた。


(鹿、食いてぇ)


 まずい犬肉にはもう飽き飽きだ。季節が違えば香辛料でも採れただろうに、残念で仕方がない。

 しかし、このままでは俺自身が雪男だ。たまには独り言でもいいから喋らないと「ア~」とか「ウ~」としか言っていない。知的な活動ってなんだっけ?


「嫁探す 俺の人生 雪景色」


 …辞世の句みたいだ。山の神様の採点は猛吹雪だ。

 ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ