栄養学とは大変に興味深いものです ・・・肥満の言い訳ではありません
先日の失敗から得た教訓を元に、今は森の中を進んでいる。といっても、もう殆んど山の手前だ。
あれからは少なくなってしまった食料の調達の為、また獣肉の燻製作りをした。燻製と言っても正しい作り方など知らないし、材料は言わずもがなの不味い犬だ。奴等も冬の食料事情は逼迫しているのだろう、そこら中をうろついている。
水も冷たく澄んだ沢を発見したので安定して手に入れられる。今では毎日湯を沸かして体を拭いている。女神様に嫌われたくはないからな。匂いも取れる。
そんな感じで雪山へ向けて前進しながら、俺はまた魔力について考えていた。
魔力はこの世界に生きる生き物には必須だ、例え魔法を使わなくてもだ。俺に見えている命の光、生命力はどんな生物にも見られる魔力と生命の反応だと考えている。
その魔力で俺は足りない栄養を補っていると思われるし、他の生物達も地球の生物よりも逞しく進化している様に思える。しかし、その魔力に生命活動を頼る比重がそれぞれ違っている。
狼モドキは姿以外は普通の狼で、動物だ。特殊な生態はない。一方ゴブリンはゴブ魔法を使っている。あの弱さだ、魔法と魔力無しには生きられないだろう。
では魔力は何処にあり、どうやって補充しているのか? ラノベ的には魔力は世界中に溢れていて、普通に過していれば回復する。俺はこの世界にも恐らく魔力は溢れていると考えている。しかしその摂取は食事に拠るだろう、そうでなければ栄養魔法だけで生きられそうだ。トレントもそうだ、あれはまさしく魔法の塊だ。あの大移動は魔力を保つには必要だろう、でなければ周りはあっという間に荒野だ。
魔力はこの世界に必須の要素だ。それは身体を駆け巡る電気信号やホルモン物質であり、分子や原子を結ぶ電子結合や分子間力などといった、世界の構成要素だ。そうでなければ魔法なんて在り得ない。
この極めて自由な世界の熱量、便利なのはいいが何故俺には自由に使えないのだろう?
魔石を使えないのは、まあいい、納得できる。蜂の針は刺したり出来ても、それを食べたからといって蜂の毒針が生えてくるわけが無い。そんな事になったら怖い。
なら魔石は魔法を使うための器官、臓器と考えるなら、俺には魔石は無いという事だ。俺は今のところ生きる為に栄養魔法に頼り切っている。なら、魔力の結晶である魔石が出来るほどの魔力は蓄えていない。それ以前に人間に魔石が出来るのかは分からない。
(ゴブリンにもあるのに…)
ゴブリンでも持っているのに。ゴブリンでも魔法を使えるのに。俺には使えない…。
しかし、魔力を大量に摂取するのは難しい。摂取方法の候補は魔石が一番だが、たとえゴブリンでも戦えば魔力を消費して魔石が無くなってしまう。魔石欲しさに相手を狩るには圧倒的な力で一瞬で命を奪うしか方法が思いつかない。それ以外だとトレントの様に暴飲暴食するしかない。
(ゴブリン、マジでどうやって生きてるんだよ!)
世界の不思議だ。嫌なファンタジーだ。
それは兎も角、俺も魔法は使いたい。理由は最近の戦闘力不足とこの後に控える雪山越えだ。その為にポピュラー処の身体強化なんて最も望ましい。
それが魔法と分類されるかは置いておいて、魔力で可能かと問うなら恐らく出来る。この世界の生物はその身体の大きさの割には強い。怪力、俊敏、頑丈、色々だ。勿論、生命力もだ。これは魔力のおかげだろう。俺が使う栄養魔法も隠密魔法も期待する身体強化も、全ては魔力と生命の特性と言っていい。本当の魔法ではない。
ならばその考えを実証する為にも、俺は今まで封印してきた禁断の手段を取らざるを得ない。
―――つまりは『金的』である!
………
……
…
「…成仏しろよ」
俺は目の前に倒れ伏すゴブリン君達に向かって手を合わせる。
周囲はまさしく地獄絵図だ。誰も彼もがこの世のものとは思えない苦悶の表情を浮かべながら召されている。目を見開き天に向かって手を伸ばす者、牙を剥き出し顔中を皺くちゃにしたまま固まっている者、口端から唾液を垂らし正に魂を抜かれた様に虚ろな目で蹲る者。
(君達の犠牲を、無駄にはしない)
俺は自分が生み出したその光景を目に焼き付ける。これは弱い俺の罪だ、その為に彼らに余計な苦しみを与えてしまった。ところでゴブリンって雄しかいないの?
そんなこんなで今回集まった魔石は15個だ。魔石を取り出したゴブリン君達は丁寧に荼毘に付した。その彼らが残してくれた魔石を今、鍋でグツグツ煮込んでいる。
(…ポーションだ、これはぽーしょん)
無害だとは分かっていても、それを身体に入れるのは気持ちが落ち着かない。ゴブリンの魔石なら尚更だ。失礼な話だが、やはり気持ち悪い。これも慣れだろう。
目の前の鍋の中で塩か砂糖の様に湯に溶けていく魔石を見ていると、魔力が物質だと確信出来ると共にとても不思議な感覚を覚える。こんなモノで魔法が使えるというのは、科学やそれこそ魔法でも説明出来るのだろうか? ひどく現実味の無い、有難みの無い光景だ。
(神様。ファンタジーの創り方、間違えてませんか?)
魔石が完全に溶けて無くなったポーション(仮)を見つめる。無色透明のお湯だ。匂いもしない。只のお湯という事はないだろうが、はたして本当にこの中に魔力が溶けているかは確認のしようがない。味ないし。
大体500mlのお湯に5個の魔石を溶かしたそれをカップに注ぎグイッと飲む。やはりお湯だ、白湯だ。そしてまたもや何の変化も感じられない。
(当たり前か。プロテイン飲んで直ぐ筋肉付くわけじゃない。エナジードリンク飲んで直ぐ元気出るのはプラシーボ効果だ。飲んで一発で効くはずないか。)
念のために魔石は数回に分けて飲むことにする。突然に「ウッ!?」とか言って倒れたくはないし、どこか魔石が出来ちゃいけない場所にできたら困る。人間にも石は在るのだ、骨とか結石とか。
しかし、強くはなれないにしても栄養としてなら十分だ。これから挑むのは厳しい雪山越えだ。雪山に高カロリーの食べ物は必須だ。魔石をチョコの代わりとしよう。益々魔法の神秘性が薄れたが、初めから生命は神秘だ。問題ない。




