愚かな・・・ それは萌えではない!!
お待たせしました
「…ふぅ」
ひとしきり落ち込んだ後に息を突く。
そうして俺は山の頂に腰を下ろし、座禅を組んだ。顎を引いて背筋を伸ばし、目を伏せ息を浅く整える。
今一度、心を落ち着けなければならない。
鍛えた精神で自身に問いかける、この世界で生きる意味を。
突然この世界に生きる事になった時には、帰りたいと、強く思った。日本に生きる事に希望も無い代わりに絶望もまた抱いてはいなかった。普通に生きて普通に人生を終える、そう思っていた。
しかし、それが叶わないなら、生きたいと、また強く思った。例え何処の世界だろうと、俺は生きる為に、俺が俺である為に過して来たのだから。それを為す事に疑問はなかった。
ならば俺は負けたくはない、諦めたくはない。自分にも、自然の摂理にも、この運命にさえも。感じる俺の命の光が、強く瞬くそれが、そう訴えている。
百熱の日差しも、命を浚う寒さも、今の俺を揺るがす事は出来まい。俺は自分の精神が深く深く澄んでいくのを感じた。
………
……
…
どれ程の時間そうしていただろうか、何時の間にか日は沈みかけ森からの声も子守歌に変わろうとしている。
寒い。空に昇りだした一際大きな異世界の冷たい月が、地上の熱を奪っていく。
しかし今、俺の心は強く輝く熱量で満たされている。静かに顔を上げ、両の目で世界を捉えた。
「―――そうだ、エルフを探そう…」
ケモミミでもいい。俺はその決意を、世界にそっと染み込ませるように静かに呟いていた。
そうだ、ここは異世界の深い森の中だ、きっといるに違いない! その可能性を失念していた。
(何故もっと早くにこれに思い至れなかった!? 馬鹿か俺は!!)
目に力を籠める。自身の不明に、呆れよりも怒りが込み上げてきたのだ。
そして思い起こす、この気持ちの源泉となる出来事を。
――以下、回想
あれは、茹だる様な暑い夏の日の事。当時の俺はまだ大学生で、大した夢も将来の展望も抱けずに過ごしていた頃の、そんなあり触れた日常の一コマだ。朝、俺は『彼女』に会った。俺の部屋は新築アパートの、階段を上がったすぐ横、二階の二〇一号室。そこから一階のゴミ置き場にゴミを捨てに行った帰りだった。少しだけくすんだ階段を昇り部屋へ向かう俺の前に、彼女は二階から降りて来た。それは、長い艶のある黒髪に少し吊り上がった切れ長の目、女性としては少し長身の、だがそれゆえにスタイルの良さが際立つ、鋭く引き締まった雰囲気を放つ女性の姿だ。何時もきっちりとスーツを着こなし出勤する『お隣さん』に、俺は憧れを抱いていた。そんな出来る大人なお姉さん、しかし今日はすこし様子が違った。時間が押している、急いでいるといった感じの、慌てた表情で降りてくる。俺はその姿を見てすぐさま階段の端による、気分はちょっとした紳士だ。彼女は自分の行動に自覚があるのだろう、はっと頭を上げ、少し着崩れたスーツ姿でぺこりと会釈をし、恥じらいの見える顔で小走りで駆けていく。そして、おもむろにバッグから猫耳を取り出すと、それを頭につけた。俺はそれを、キョトンとした顔で見つめ続けた。
回想、終わり――
俺が新世界に目覚めた話だ。そして異世界には関係のない話だ。
恐らく彼女はコスプレイヤーなのだろう、起き抜けの慌てた思考で色々間違えてしまったと予想している。そして意外とドジっ子だ、俺希望で。あの後は羞恥に悶えたに違いない。
俺はエルフスキーやケモミミスキーではない。だが! あの人間には無い姿で恥じらう女性を見てみたい!! その姿が日常の世界をこの目で見たい!!
俺は欲望を新たに、この世界を見つめ続けた。
………
……
…
翌朝、そんなわけでこれから向かう方角を考える。
後ろは来た方角、南だ、これは除外。
左は西、トレントの向かう先だ。俺はもう土下座したくはない、論外。
ならば残りは前か右、北か東だ。
北はのんびりグダグダコースだ、見渡す限りの山々は『普通の森』との違いは見えない。生き物もそう変わりのない馴染の連中だろう。生きる意味では問題ない。只、先は長い。どこまで続いているか見当がつかない。この光景がこの先で途切れる要素がないので、ずっと森のような気がしてくる。その分、エルフや獣人などは居るかもしれない。
東は弾丸特急アスレチックコースだ。トレント達の道が続いているので歩きやすい。途中までは北とそう変わらない森だ。しかし、すぐに峻険な山や谷間が立ちふさがっている。これは難問だ。トレントの足跡を追い続けても『無事な』人里は見つからないだろう。見える雪山に挑めば、その先には文明を期待出来るが、危険度も予想を下回る事はない。雪男とかいそうだ。
…悩ましい。
俺が理解できるのは火と鉄の文明だけだ。そんな気配のない森で暮らしているであろうエルフと獣人は、基本ナマ食性となってしまう。栄養魔法に頼ったすごく健康的な生活だ。
この世界、魔法の得意なエルフは恐らくいないだろう。トレントの様な魔法を使うにはデカい魔石がいる。この世界に巨人でない大魔法使いはいない。
野生的な獣人、すごくぴったりな言葉だ。しかしそんな彼等と出会った後、俺は文明を開化させなければならない。
この広大な北の森に野生エルフと生肉獣人は居るかもしれない。だが、俺の欲望が求めるのは文明エルフと焼肉獣人だ。その可能性は東の雪山の向こうだ。
(…そうだ、野生エルフや生肉獣人と出会えても友好的とは限らない。なら少しは理性的な対応を期待できる文明的な生活圏を探すべきだ)
そんな理路整然とした思考の元に危険な雪山を目指す。
俺は当座の安全よりも、俺のヒロインを探すことにした。
この後は酷く難産になりそうです
素案はあるのですが、プロットと呼べるほどではなく
面白くするには私の妄想力が足りない…




