大自然が 君の原点だ
トレント達の進撃は、都合第三波まで続いた。その度におれは冬の寒さの中、断食の水だけ土下座生活を強いられた。
トレントを凌ぐ度に、空っぽの胃に魚の干物を詰め込むサイクルは苦行だった。段々とトレント達の密度は薄くなっていったので、後半はまだ楽だったが。
一週間、四日、二日の合計13日。俺は心を殺し続けた。
隣を過ぎ去って行く緑の行列が、今はもう恐らく退社扱いになった会社の、元同僚となってしまったであろう清水 美登里さん(23)で、それがこちらに何の関心も持っていない。そう思えば自然にグサグサと、俺の心は死んでいった。
(―――そうか、俺は彼女の事…好きだったんだ)
俺は土下座しながら誠に勝手ながらに、大変に失礼な失恋を済ませた。清水さんはトレントじゃないよ!
そんな精神的臨死体験の二週間を終えた俺は、また一つ強くなった気がした。
「…行こう」
荒れ果てた山を目指して、鼻を啜り痺れる足を動かした。
………
……
…
トレント回避の為に用意した物資が思っていたよりも余ったので、食料にだいぶ余裕が出来た。
しかし、この先の予定は山登りまでしか決まっていない。
(この先は安全だろうか? トレントに狩り尽くされたか、飢えた獣であふれているか…)
そんなことを考えながら、裸に剥かれた山を登る。無事とはとても言い難いが、それでも所々に木々は残っている。無残に食い荒らされた動植物を見つめるも、山火事の様なものと思えば自然の一部だと納得できた。
登山を趣味とする俺にとっては物悲しい道、トレントの足跡を辿りながら異世界の大自然に思いを馳せる。このような世界で生きている生物達の逞しさは驚嘆に値する。
そんな中で未だに生きている自分にも吃驚する。運が良すぎる。魔法が無ければ生きていけないかとも不安にもなったが…存外にしぶとい。
今まで見てきたこの世界の生き物たちも、ほとんど魔法なんて使っていなかった。いや、もしかすれば…認めたくはないが…甚だ不本意ではあるが…俺の栄養魔法とか隠密魔法みたいなモノを使っているのかもしれないが。
―――そんな魔法、断じて認めたくはないが。
世界の偉大さと、自分の不純な気持ちに折り合いを付けながら、二週間分のし凝り固まった身体でえっちらほっちら山頂を目指す。
旅再開五日目にして身体の調子を取り戻した俺は、ふと後ろを振り返った。
トレント達は『悲痛の森』に突入していた。しかし防御力全振りの草木に苦戦しているようだ。少し渋滞している。何事にもバランスはあるものだ。
そうやって『デストロイヤーズvsペインガーディアンズ』を観戦しながらも山を登り、俺はとうとう異世界初の登頂を達成した。
「YAHHOooーー!!」(*ローマ字です*)
叫ぶ。山に登ったからには必ず、笑顔で叫ぶ!
見渡す限りの青い空! 白い雲! そして荒れ果てた大地!!
「…こりゃひでぇえ」
トレントの大移動は随分と大事だった様だ。
ぐるりと周囲を観察してみる。
後ろ、つまり俺が来た道だ。荒らされた『普通の森』、『悲痛の森』、そして『毒の楽園』だ。
その向こうには最初の場所、あの切り立った崖に遮られた先の大森林も見える。なんとなく色分け出来るそれらの森を大きく斜めに縦断する川の断崖も見える。
俺が六ヶ月近く掛けた道程は、ここから見える範囲で収まってしまった。まあずっと歩いていたわけでもないが、しかし5~60Kmを六ヶ月…。
「…険しい道程だった」
そして、特等席から見える森林デスマッチは異種格闘戦に突入していた。
…次、右側だ。こちらには川の亀裂が続いている。俺は常に崖を右手に見て、今はそれを外れて山を登ってきた事が分かる。そしてトレントが来た方角はこちらからの様だ。荒れ果てた森が広大な道を描いている。崖やその反対側まで広がる『悲痛の森』、他のより険しい山脈、色々なものに進行ルートを曲げられ、最終的にこの山を囲い込む形で進んできている。それが今の状況に繋がっている様だ。
さらに左。トレントの進行方向だ。『悲痛の森』に入れなければ、その『壁』に沿ってそちらに流れていくだろう。さらに奥は最初の断崖絶壁が遠くで回り込んでいる。
そして前。俺の進行方向だ。途中まではトレントに荒らされているが、その向こうはまた森林だ。山々が小さく連なってあまり先の方は見えない。だが、比較的に穏やかだ。特異な光景は見当たらない。
さて、以上の周辺地理を鑑みて、果たして俺は幸運だったのだろうか?
(最初は何も分から無いが安全だった『毒の楽園』、次が大きな障害もなく外敵も弱っていたし装備も充実できた『悲痛の森』、さらに脅威が粗方かたずいていた湖畔と『普通の森』では休息を取れた。食料には何度も悩まされたが、それも解決できた。うん、俺は幸運だった)
森スタートは定番だ。異世界なら森だ、山だ、冒険だ。
(でもね、これって違くね? 心躍らないよ? 俺と相手の会話は『獲物だ!』くらいだよ?)
俺は自然と対話してきた。ガチンコの肉体言語だ。
森は俺に食料を恵んでくれた。自分で勝ち取れと。
魔力は俺にゆとりをくれた。考えるな、感じろと。
(でもね、誰か俺に、優しさを下さい…)
俺のヒロインはまだ、助けに来てくれない。
ストックはここまでです
明日から暫くは更新できませんのであげておきます




