ルビを振らなければ伝わらない想いもある 強敵とか 技名とか この思いは日本人以外には通じるのでしょうか?
「………」
予想外の勝利、そして虚しい結末だった。…人類皆、ゴブリンの股間を攻めて雑魚とか言ってたら嫌すぎる。止めよう、バカな妄想だ。
とりあえず、ゴブリンを仕留める事は出来た。だが何の感慨も湧いてこない。いや、思い出したくない。金輪際こんな方法は取らない。俺はまともに力を着けたい。でなければゴブリン君も浮ばれまい。
目の前に倒れ伏すゴブリン君を見つめる。そこにはまだ、強い魔力が輝いている。
(やっぱり魔力でタフネスを上げていた…のか?)
今回は一撃死でこの結果だが、判断するには微妙な結果だ。もう少しサンプルが要る。俺は丁寧にゴブリン君を解体し、魔石を取り出す。お守り替わりとして取っておこう。
次の獲物を求め、森の中に足を進めた。
それから三日、ゴブリン相手に修行を繰り返した。
もうゴブリンは怖くはなかった。彼の苦悶の表情が目に焼き付いているからだ。三日目には短い槍に持ち替えてゴブリンと打ち合えるくらいにはなった。森の中では長い槍は使い辛かった。短くしても2,5mはあるが。
しかし、怖くないといってもゴブリンは弱くはないし、俺は大して強くもなっていない。ゴブリンとの戦闘が長引きすぎて、途中で狼モドキが襲ってきたりもした。ゴブリンに擦り付けて全速力で逃げた時は、さすがに死を覚悟した。
だがその甲斐もあって少しは槍の扱いも上手くなって、度胸も着いた。
ゴブリンについても少し分かった。やはり魔力でタフネスを上昇させている、毒の耐性も上がる。不思議な話だが、攻撃も毒も効かないのではなく『大丈夫』になるのだ。
この森の生物達の攻撃を耐え抜く癖に、俺の攻撃でも傷つく。痛みは感じている。
そして毒耐性は消費が激しいらしく、10秒位たったら魔力が切れて、苦しみだして死んでしまう。猛毒だからなのかも知れないが、もう意味が分からない。ゴブリンにだけHPでも設定されているみたいだ。
兎も角、ゴブリンの事はもういいだろう。次に行かなければ。その相手は狼モドキだ。
狼モドキの特徴を挙げていく。
大きさは大型犬より一回り小さい、素早い、爪が鋭い、牙が鋭い、魔物じゃない、もふもふ、そして鼻が短い、である。なんだか恰好悪くて、狼とは呼びたくないビジュアルだ。
魔物じゃないと判断したのは特殊な能力も無く、元の魔力も少ないからだ。だがゴブリンよりも脅威度は高い。素早く、攻撃力があり、鼻が利く。十分強くてやっかいだ。
今まではこの森の生物やゴブリンを囮に何とかやり過ごしてきた。奴らも危険は避けるし、他に獲物がいればそちらに夢中で追っては来ない。犬系は頭がいい。
ゴブリンと狼モドキの抱き合わせは最高だった。ゴブはタフだが武器は棍棒で決定力が無く、狼はヒットアンドアウェイでチマチマと攻める。戦闘は泥沼化する。その隙に逃げる。
問題は野営だ。敵が襲ってくるかもしれない場所で一人で眠るなんて怖くて出来ない。ならばと寝ているサイ鹿の側で寝ようとしたら、流石に警戒されて威嚇された。仕方がないので、今はテントも張れずに痛い痛い藪の中だ。道具を使えば何とか寝床を確保できた。火も目立ちそうで夜は使えない。
しかし、今回は狼モドキを狩りたいのである。これは難題だ。
可否を問うなら出来る。ゴブリンもやっていた、噛みつく頭に一撃だ。ゴブだから耐えられる。耐えて大きく棍棒を振りかぶり、避けられる。狙いはいいが流石のゴブリンクォリティだ。
だが俺の場合は毒ナイフでちょっと突くだけだ。それだけで狼モドキは仕留められるが、俺は噛まれて重傷を負う。それでは一戦ごとにボロボロになり最後は立てなくなる。
槍で戦うのは却下だ。イメージしてみる。
・突く → 避けられる → 肉薄される → 噛まれる
俺のターンが最初しかない。俺の技量では狼モドキと中距離戦は無理だ。
遠距離は手札にない。弓矢は作れないし、スリングは練習中だ。スリングは難しい。そして決定力として頼るものじゃない。失敗したら、ともすれば反撃を喰らう。
やっぱり近接戦しかない。少なくとも防御力を上げないと無理だ。
(う~ん、盾が欲しい。…肉壁…ゴブリン、ゴブ魔法が使えたらなぁ)
ゴブ魔法は、あの謎のタフネス増加現象だ。そもそも俺は、魔力は感じても魔力を使えたことはない。だから気配も隠せていない.
ああでもないこうでもないと、あらん限りの知恵を絞り尽くさんと、狼モドキを倒す方法を考え続けた。
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結局、狼モドキ戦の計画と準備に時間を掛け過ぎて、果物の季節が過ぎ去ろうとしていた。…もう狼モドキを食べるしかないのか?
こうなれば、毒に頼らない強さを身につけなければならなくなった。もうなんだか自分が原始人みたいに思えてくる。
少し…いやだいぶ自分の現状に落ち込みながらも、トボトボと狼モドキを探しに歩き出す。
上手い具合に一匹だけの狼モドキの反応を捉え、コソコソと近づいて行く。狼モドキは動かない。どうやら休憩中か食事中なのだろう。
しかしこんなにも飢えたゴブリンと狼モドキが居るっておかしくないか? どいつもこいつも少数で縄張りの外にやって来る。何だかこれから進む先の世界が怖くなってくる。
いよいよ狼モドキを目視できる場所まで来た。どうやら食事中である。よく見れば喰っているのはゴブリンだ。当たり前か、奴が狩れるのはゴブか俺だけだ。奴は食事に夢中でこちらに気付いていない。
チャンスだ。俺はこれからスリングで先制攻撃を仕掛け、そして逃げ出すつもりだ。相手に有利なフィールドで戦う必要などない。ここから近くに俺の理想通りの場所がある。そこまで誘い出せる距離の相手を探していたのだ。勿論、スリングで仕留められればいうことはないのだから、そのつもりで戦いを挑む。
獲物までは約20m。相変わらず心臓はバクバクと激しく演奏しだす。
タオルで作ったスリングを振り回す。高速で回せばヒュンヒュンと音を鳴らし始めた。狼モドキがピクリと耳を動かし、獲物を貪っていた顔を上げる。
気付かれた!?
(当たれ!!)
必殺の想いを込めて石を投げ放った。しかしその軌道は外れだ。投げた瞬間の感触でそれを感じ取り、逃げの態勢をとる。
近くを掠め通る石礫に、狼モドキは敵対者に気が付いた。
(さあ、追いかけて来い!)
お前の獲物はここだ! と、挑発の視線を投げかける。…しかしヤツは知らん顔だ。俺を一瞥してまた食事を再開した。
(…そーね。腹減ってるもんね。俺は雑魚だしね)
食料があれば襲わない、脅威でなければ排除しない。野生は寛容だ。俺に見逃してやると仰っている。
(…帰るか)
己の未熟を恥じ、虚無に身を委ねてこの場を去ろうとする。何だかヤル気が失せてしまった。必死の覚悟はどうやら俺だけだったらしい。もう食事の邪魔をする気にもなれない。よく考えたら作戦も穴だらけだ。
せめて下を見ず前を向いて歩こうと唇を嚙みしめた時、目の前の狼モドキは唐突に倒れて動かなくなった。
そしてそのまま魔力の光が消え失せた。
「―――お前はもう…、死んでいる…」
俺は瞬時に理解した。狼モドキのご飯は、俺の残した毒殺ゴブリンだった。
(毒をもって、毒を制す)
言ってみたかっただけだ。




