9.かわいい
オウガは基本的に無愛想だ。
それに、目つきが悪いからいつだって睨んでいるように見える。
本当はいい奴なのに、そのせいで誤解されていることを私は少し悔しく思っていた。
でも、なんというか。
今日のことで、もしかしてそれだけじゃないのかもしれないと感じた。
「ねぇ、オウガって人見知り激しいほうなの?」
「人見知りか……どうだろうな」
尋ねれば、オウガは少し考え込むような顔をした。
「そもそも、あまり人に興味を持つってことがなかったな。最初の頃は、関わろうと努力してた気もするが……昔のことすぎて忘れた」
オウガは、私の作ったカレーライスを口に運ぶ。
過去に何かあったのかもしれない。
そう思いはしたけれど、聞いていいのかよくわからなくて。
結局、何も聞けずに私もカレーライスを黙々と食べ続けた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「桜河くん、一緒にペア組まない!?」
次の日の授業の時間。
英語の時間に「自由にペアを組んでくださいね」と先生に言われ、オウガとサキが私の取り合いをしているところに、柳くんが現れた。
「……?」
いっぱいいっぱいな感じで、柳くんが声をかけたというのにオウガときたら眉を寄せている。
その顔は「なんでオレに声をかけるんだコイツは?」といった感じだ。
もしかしたら、昨日助けたのが柳くんだということすら、覚えていないのかもしれない。
「それがいいね! そしたらあたしがメイコとペアくめるし。行ってこいオウガ!」
「おい、冗談じゃないぞ。なんでオレが知らない奴と組まなくちゃいけないんだ!」
サキとオウガは、またわいわいと喧嘩している。
先生がすっかり困り顔でオロオロとしていた。
「よし、柳くん。私と組もう! ほら、行こうか!」
「なっ、メイコ! それはないだろ!」
「そうだ、そうだ!」
オウガとサキが何か言っていたが、たかが英語の授業のペアだ。
無視して、私が柳くんとペアを組んだ。
「ごめんね、柳くん。オウガとペア組みたがってたのに」
「ううん。昨日は百瀬さんもありがとう。僕、どうにも断り切れなくてさ」
謝れば、柳くんが首を横に振る。
「ところで、百瀬さんって桜河くんと仲いいよね。どういう知り合いなの? ずっと気になってたんだけど」
「酔っ払いに絡まれてるところを助けてもらって、それで知り合ったんだ。この国のことよく知らないっていうから、お礼に色々教えてたら仲良くなったの。まさか……同じ高校に入学してくるとは思わなかったけどね」
そんな会話を挟みながら、互いに英文を読み上げていく。
私の発音が当たっているかは、正直よくわからない。
「ふーん、じゃあ昨日の僕と同じように、桜河くんに助けられたんだね」
「まぁ……そうなるかな?」
昨日のオウガは、柳くんを積極的に助けようとしていたわけじゃない。
私に言われたから仕方なくといった感じだった。
しかし、オウガへと視線を向ける柳くんの目はキラキラと輝いていて……まるでヒーローに憧れる少年のようだ。
「桜河くんって、格好いいよね。一人で異国にやってきたのに、しっかりしてるっていうか……十五歳って思えないほど、大人びてるっていうか」
まぁ、実際の年は十五じゃないからね……なんて言えるわけもなく、苦笑いする。
老けてるというのも、物は言い様で、柳くんには大人びていると映るみたいだ。
「最初はさ、怖い人で近寄りがたいのかなって思ってたんだけど……百瀬さんといるときは、そうでもないし……気になってたんだ」
「私といるときのオウガって、何か変わる?」
「大分違うと思うよ。表情が柔らかいし、桜河くんって人と壁を作ってるけど、百瀬さんに対してだけはそれがないもの」
壁か。確かにオウガに対して、それを感じたことはない気がする。
考え込んでいたら、ペアを組む時間が終わった。
オウガの隣へ戻れば、浮かない顔をしている。
「どうしたのオウガ?」
サキとペアを組まされたことで、嫌な思いをしたんだろうなと予想しながら声をかける。
「苛々しながら、プリントを書いていたんだが……」
オウガが私の顔色を窺うように、シャーペンを見せてくる。
一緒に選びに行って買ったシャーペンが、ボキリと二つに折れていた。
どうやら力加減を間違ったらしい。
またかという顔を私がすれば、弱ったような顔になる。
オウガはかなりの馬鹿力だった。
「それ、折るの何本目?」
「五本目……だったような気がする。悪かった……」
呆れたように言えば、オウガが俯く。
反省しているらしい。
別にオウガのお金で買った物だから、私に謝る必要はまるでないんだけど。
まるで悪戯を叱られた犬みたいだ。
――柳くんは、私といるオウガは表情が柔らかいと言っていたけれど。どちらかというとこれは、情けない顔といったほうがいいかもしれない。
「ぷっ」
「な、なんだメイコ!? なんで笑う!?」
思わず噴き出せば、オウガが戸惑った声を上げる。
「いや、オウガって結構かわいいところあるよねって思って」
「か、かわいい……? 何言ってるんだお前は」
言われたことがなかったのか、オウガが戸惑っている。
その顔が、何だか余計におかしかった。