7.友達の意味
「はぁ……」
「溜息が多いな。つまらないなら、オレをおいて先に帰っていいんだぞ?」
放課後の教室。
机に突っ伏した私に、オウガが気遣わしげな様子を見せる。
転校生でありこの国にきたばかりのオウガは、勉強についていけていない。
そのため、放課後に特別授業が組まれていた。
夕方の教室には、オウガと私。
担当してくれている先生は、三十分後にくるからと課題を告げて教室を出ていった。
オウガは私が自分の課題に付き合い、待っていてくれていると勘違いしているらしい。
それは大いに違う。
私も同じく居残りさせられているだけだ。
一学期バイトずくめだった私は、夏休みに補修を組まれていた。
しかしそれをサボって……夏休みの間はオウガの家で遊んでばかりいたのだ。
夏休みの課題は友達に見せて……もらうこともできなかったので、真っ白なまま提出した。
案の定、毎日居残りだ。
まぁ、どうせ家に帰っても落ち着かないし、オウガの家に行ったところで、結局勉強に付き合わされるだけなのでやることは変わらない。
隣の席で知り合いということになっている私は、当然のようにオウガの世話係のような存在になっていた。
オウガに教えなきゃいけない立場から、寝る前に授業の予習復習までしているので、最近の私ときたら勉強ずくめだ。
高校生になって、こんなに勉強したのは初めてと言っていい。
「オウガってさ。意外と真面目だよね」
「意外ってなんだ。見るからに真面目だろう」
オウガは心外だというように口にする。
すでに私は、オウガに対して「さん」付けをやめていた。
毎日のように一緒にいると、だんだん雑になってくるのも仕方がないことだと思う。
この国の常識が欠如しているオウガは、私の予想外のところで問題を起こし、そのたびに私がフォローする羽目になっていた。
そして、顔つきの悪さから、不良に絡まれることも多い。
この間なんて、上級生に絡まれて、それを返り討ちにして。
それがあっという間に広まり……オウガは少々皆に怖がられてしまっていたりする。
オウガが関わるのは、私とちょっかいをかけてくるサキくらいのものだ。
オウガ、いい奴なんだけどなぁ。
もったいないなと思う。
「オウガさ、友達ほしいなとか思わないの?」
「なんだ急に」
いきなりの私の質問に、こっちを見てオウガが眉を寄せた。
「だってオウガ、いつも黙々と勉強してるからさ。私やサキ以外とは話そうとしないし。せっかく日本にきたんだから、楽しまなきゃ損だと思うんだけど」
「別に……友達なんて必要ない。学校は、勉強するところだろ」
私から目をそらして、オウガがまた課題に取り組み始める。
その声色は硬く、心を閉ざされたような気がした。
「ふーん、そっか。オウガは友達いらないんだ。じゃあオウガは、私のことも友達とは思ってくれてないんだね?」
「メイコは……友達というか、ほらアレだろアレ」
わざと拗ねたように口にすれば、オウガが困った顔をする。
「アレって何」
「……」
自分で言ったくせに、オウガは『アレ』の内容が思いつかないらしい。
難しい顔をして、机のほうへ目を落とし、いつも使っている電子辞書へと手を伸ばす。
さすがにそれはないんじゃないだろうか。
実際の年は離れてるし、出会いが出会いだったから、友達と言われてもしっくりこないのはわかるけど……その態度は傷つく。
「ちょっとオウガ、人の話聞いてる?」
『友達。互いに心を許しあい、対等に交わっている人。一緒に遊びにいったりする相手』
オウガの背後に回れば、辞書がしゃべり出す。
てっきり私の質問に答えたくなくて、課題をやりはじめたのかと思ったら、辞書で友達の意味を検索していたようだ。
機械音声が静かな教室に響く。
少しの間の後、オウガが振り返った。
「やっぱり、友達……なのかもしれない。メイコがオレに心を許してくれてるなら、だが」
いつもより眉間に皺が多い。
むすっとした言い方をしたオウガの頬は、西日のせいなのかほんのりと赤かった。
「そ、そうなんだ……ありがとう」
真面目に返されると思ってなかったから、こんなときどういう顔をしていいのかわからなかった。
私の反応に少し不満そうな顔をして、オウガはまた課題に取りかかる。
友達だと思ってくれてるんだと思ったら、思いがけないほど嬉しくて。
自分の席に戻って課題と向き合っても、手につかなかった。