6.まさかの転校生
「よう、お前ら元気してたか?」
担任の熊川先生が入ってくる。
三十代の男の先生で、だらしがないというかどこかユルい雰囲気を持った先生だ。
名字がよく似合う大柄でクマっぽい外見をしているため、クマ先生と呼ばれている。
「もう噂は聞いてるかもしれないが、転校生を紹介する。入ってくれ」
クマ先生が言えばドアが開き、転校生が入ってくる。
長身にしっかりとした体つきの転校生は、学校指定の制服を着ていた。
高すぎる背丈に、彫りの深い日本人離れした顔立ちと濃い青の瞳。
彼は黒板になれない様子で、自分の名前を書き綴った。
「桜河・ストエル・東吾です。遠い外国から来ました。母の国である日本を見てみたくて、やってきました。日本語は喋れますが、文字はまだよくわかりません。日本のこともまだまだわからないことがいっぱいですので、どうぞよろしくお願いします」
「お、桜河さんっ!? なんでここにいるの!!」
ぺこりと頭を下げた桜河さんに、思わず叫ぶ。
椅子から立ち上がって叫べば、桜河さんと視線があった。
ニヤリと笑うその顔は、やっぱり悪役面だ。
「百瀬とは知り合いなんだよな。席は隣でいいか?」
「はい、ありがとうございます」
百瀬と私のことをクマ先生が呼び、私の横に机を運ぶ。そこに桜河さんが座った。
「よろしくな、メイコ」
「よろしくじゃないよ、桜河さん! なんでどうして、私の学校にいるのっ!?」
思わず机から立ち上がった私に対し、桜河さんは普段通りの冷静さだ。
「今先生が言ってただろ。転校してきたんだ。もう同級生だから、オウガって呼び捨てにしてくれていいぞ」
「いやいや、転校してきたって……桜河さん三十過ぎてるよね!」
「だからそんな年じゃないって言っただろう。戸籍上はメイコと同じ年だ」
「戸籍上って何!? 怪しすぎるんですけど!」
パンパンとクマ先生が手を叩いて、我に返る。
皆が興味津々だというように、私達を見ていた。
「仲がいいのはよいことだが、ホームルームをこれから始めるんで、後でやってくれ」
「でも……っ!」
クマ先生がそんなことをいうけれど、これはさすがにない。
「メイコ、先生のいうことは聞くものだ」
誰のせいで人がこんなに取り乱していると思っているのか、桜河さんが私をたしなめてくる。
理不尽な気持ちになりながら、その場はぐっと我慢した。
ホームルームが終ってすぐ、桜河さんを屋上近くの階段へと連れていく。
「ちょっと桜河さん。これ、どういうことなの!? なんで私の教室に桜河さんがいるの!?」
「その質問、二度目だぞメイコ。正規の手続きを踏んで、転校してきたんだ」
階段の段差を利用して、桜河さんと視線を合わせる。
桜河さんときたら、何か問題があるのかといった様子だ。
「ありえないよね!? 絶対そんな眼光の鋭い、老け顔の十五歳はいないからね! 戸籍とかどうしたの!!」
「戸籍は……偽造した」
「よし、聞かなかった。私は何も、危ないことは聞かなかったからね!」
そこはかとなく、犯罪の香りがする。
一体桜河さんときたら、何を考えているのか。
「桜河さんは」
「オウガでいい」
「さすがにムリがあると思うよ……オウガ。本当はいくつなの?」
あくまで同級生だと言い張るらしい。
ちょっと脱力さえ覚えて呼び捨てにすれば、オウガさんは少し満足そうな顔をする。
「四百四十五歳だ。人間に換算すると二十代前半だな。細かいことは気にするな。外国人だから老けて見えると言えば押し通せる」
オウガさんって……ときどき真顔で冗談言うんだよね。
外国人だからって誤魔化せる範囲を超えてるよ?
その落ち着きっぷりや、凄みある眼光は、人生に深みがないと出ないと思うんだ……。
「なんだ、オレが学校にきたら迷惑だったか?」
「いや、そんなことはないんだけど……予想外すぎて……」
オウガさんが少しシュンとする。
あまり表情の変わらないオウガさんだけど、この夏休みの間四六時中一緒にいたので、なんとなく雰囲気で察することができるようになっていた。
まぁ、転校してきたものは……しかたないよね。
諦めがついたところで、誰かが階段を駆け上がってくる足音がした。
「あーっ、メイコこんなところにいた!」
サキは私の姿を見つけると、オウガさんから庇うように私達の間に入ってくる。
「メイコ、この怪しすぎる老け顔外国人と知り合いなの? ダメだよ変なのと関わっちゃ! 怪しい世界へ連れ込まれちゃう!」
「あぁ? いきなり現れて、何言ってるんだお前」
サキの言葉に、オウガさんが苛立ったのがわかった。
「ちょっとサキ、失礼でしょ! ごめんねオウガさん。この子は私の幼なじみのサキで、オウガさんとは同じクラスなんだけど……」
「ほらメイコ、もうすぐチャイム鳴るよ! オウガも遅刻したくなければ、急いだら?」
サキを叱って、オウガさん謝る。
しかしサキときたら悪びれた様子もなく、私の手を引いていこうとする。サキはオウガさんのことを警戒しているようだった。
そんなサキの手を、オウガさんが私から引きはがした。
「お前に呼び捨てにされる覚えはないんだが。それとメイコは、オレと話してたんだ。いきなり現れてそれはないだろ」
「へぇ……メイコに対して随分親しげだね? あんた、メイコのなんなの?」
ピリピリとした空気を放つオウガさんに、サキは敵意剥き出しだ。
私を挟んで睨み合う二人は、険悪そのものだった。
どうしたものかと困っていたら、チャイムの音が鳴り響く。
それが、天の助けのように聞こえた。
「次の時間、移動教室だから、先行くね!」
「ちょっとメイコ!」
「おい、ちょっと待て。まだ話しは終わってないぞ!」
こういう時は逃げるに限る。
二人を置いて階段を駆け下りれば、サキとオウガさんが慌てたように後を追ってきた。