5.高校に通いたいと彼はいうけれど
「メイコ、オレも高校に通いたいんだが」
桜河さんのホテルに毎日入り浸っていたら、急にそんなことを言われた。
あの日、桜河さんによって家に帰された私は、お母さんに出迎えられて。
家出なんてするんじゃなかったな、という気持ちにさせられたのだけど……次の日になって、その思いは一瞬にして消えた。
早朝のバイトへ行けば、もう雇うことはできないと言われたのだ。
母さんは私のバイト先全てに電話して、私を働かせないように伝えていたのだ。
そのことを問い詰めれば、義父が金持ちだからもうバイトをして家計を支える必要はないとか、私には学生としての本分があるとか。
そんなことを、母さんは言い出した。
どうやら授業をさぼって、バイトしていたことがバレたらしい。
成績が最悪で出席日数も足りないのだからと、散々叱られてしまった。
それで喧嘩して、また家を飛び出し、私は桜河さんのホテルへ行った。
初日に部屋を取るときに、桜河さんの兄妹のふりをして、カードキーを二枚もらっていた私に抜かりはなかった。
怒られるかなと思ったけど、桜河さんはそれをあっさりと受け入れてくれた。
調子に乗った私は、朝早くにやってきては桜河さんに日本のことや常識を教え、ホテルの部屋でだらだらと過ごしてから、日がくれた頃に家へ帰るという生活を繰り返していた。
この国のことを学ぶなら、学校にいくのが一番だ。
そう桜河さんは考えたみたいで、高校に通いたいらしい。
まぁ、いい考えだとは思うけれど、さすがにその顔で高校生はない。
「三十代の桜河さんが高校に通うのは、さすがにムリですよ!」
「だから、オレはまだ人間の年でいうと二十代前半だって言ってるだろ!」
ははっと笑って言えば、桜河さんが凄んでくる。
こんな冗談を言い合えるくらいには、桜河さんと打ち解けて、すっかり私達は仲良くなっていた。
出会いが出会いだったせいか、桜河さんにはあまり気を遣わなくてよくて、一緒にいると楽でいい。
夏休みの終わりには、桜河さんがホテルからマンションへ移り住んだ。
白と黒を基調とした、モダンで格好いい部屋。
まるでモデルルームみたいな部屋は、大人の男といった印象のある桜河さんに似合っていた。
私の高校からかなり近く、これなら学校帰りにもよれるなぁと思ったら、当然のように桜河さんは私に鍵をくれた。
私は桜河さんにこの国のことを教え、桜河さんは家に帰りたくない私に居場所を提供する。
つまりこれは互いに益のある、取引のようなものだ。
まぁ、若干……私が桜河さんの好意に甘えている気はするけれど。
男の人の家に通うなんて、今までの私からするととんでもないことだけれど、桜河さんと私の間にそんな艶めいた何かは一切ない。
桜河さんに文字を教えたり、一緒に映画を見てみたり、街を案内したり。毎日教えることがいっぱいで大忙しだった。
そういうことをしている間は、家のことを考えなくていい。
何より桜河さんはとてもよい生徒だったから、教えることが楽しかった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
夏休みが終わって、二学期。
憂鬱だなと思いながら登校すれば、幼なじみのサキがいきなり抱きついてきた。
サキはポニーテールにつり気味の瞳。
勝ち気な性格で、私とはタイプがまるで違っていたけれど、昔から仲がよかった。
「メイコっ! 久しぶりっ!」
「……久しぶり。かなり焼けたね?」
テンションの高いサキに、やや低い声を返す。
「部活の合宿で海まで行って、ひたすら砂の上でサーブ練習してたのよ! そこに海があるのに、海に入れたの一時間だけなの! 酷いと思わない!?」
ちょっぴり冷たい私の反応にも気にせず、サキが話しかけてくる。
どうやらサキは、この夏休みの間中、ずっとバレー部の練習に明け暮れていたらしい。
「メイコは、肌白いままだね。折角の夏休みなのに、遊びに行かなきゃダメだよ!」
サキは、ちょっぴり叱るような口ぶり。
いつもと変わらない、親しげな態度だった。
……私が夏休みにバイトできなかったこと、知ってるくせに。
白々しいサキの態度に、苛立ちがこみ上げてくる。
今の家を出て、家族四人で住めるアパートを借りるため、私は夏休みにバイトをいっぱい入れるつもりでいた。
少々自由気ままなところのあるサキだけれど、社交的で憎めないところがあるからか、顔が広く友人が多い。
友達のつてで、条件のよいバイトをたくさん紹介してくれた。
「こんなにバイト入れるつもりなの? 体壊すよ? それに、メイコがアパートを借りられるお金を手に入れたしても、維持するのは大変だよ? まぁ、あたしが何を言ったところで、やるって決めたならメイコはやるんだろうけどさ……」
気が乗らない様子ではあったけれど、私が本気だと知ると……サキは手を尽くしてくれて。
感謝していたのに……そのバイト先の全ては、何故か母さんにバレてしまっていた。
疑いたくはないけれど、どう考えてもサキが母さんに教えたのだとしか思えない。
「サキ、バイトのことなんだけど」
「そう言えば、転校生が来るんだってよ! しかも外国人! こんな時期に珍しいよね!」
問いただそうとすれば、サキと声が被る。
タイミング悪く、鐘も鳴ってしまった。
後で問いただそう。
そう思いながら、席に着いた。