42.オウガの幸せ
R15な部分がありますので、苦手な方はお気をつけください。
イクシスさんがいなくなって、二人で部屋に残される。
オウガに背後から抱きしめられる体勢。
静かなせいか、自分の心臓の音が大きく感じた。
「……メイコ、好きだ」
会うたびに、挨拶のように繰り返されてきた言葉。
何度目の告白なのかわからない言葉に、胸の奥から嬉しい気持ちが湧き上がってくるのは……今の私が同じ気持ちだからだ。
くるりとオウガの腕の中で体勢を変える。
見上げるようにして、視線を合わせた。
「わ、私も……オウガが……好き……」
言葉にしたものの、これはかなり恥ずかしい。
どうしてオウガは、こんなにあっさりと口にできるんだろうと不思議に思うくらいだ。
顔どころか耳まで熱かった。
「メイコ……」
感極まったように、オウガが顔をほころばせる。
「愛してる。一生大切にするから、オレの花嫁になってくれ」
「……はい」
照れくさくて、小さくこくりと頷けば、ぎゅっと抱きしめられた。
「オウガ、なんでまた泣いてるの」
よしよしというように、オウガの頭を撫でる。
本当にオウガは泣き虫だ。
「メイコがそういう意味でオレを好きになってくれる日は、こないんじゃないかって思ってたんだ……」
私がオウガのことを友達以上に思えなくても、それでいい。
『恋人』ということにして、自分以外のところへ行けなくしてしまえば……ずっと縛り付けられると考えていたらしい。
「オウガってさ、結構後ろ向きなところあるよね」
「性格なんだから、しかたないだろ。こんなオレは……嫌か?」
呆れた私に、オウガが尋ねてくる。
こんな大きな体格をして強そうなのに、私に嫌われたら死んでしまうというような弱気な声。
正直、かわいいなって思ってしまう。
私が辛いときや困っているとき、オウガは何も聞かずに一緒にいてくれた。
出会いが出会いだから遠慮がなくて、気を遣わなくていいのが楽だった。
大人だなと思ってたはずなのに、泣き虫なところがあって寂しがり屋で。
私がいないとダメなんだと……好きだと態度で教えてくれる。
「大好きだよ、オウガ! 返事が遅くなってごめんね」
ちょっぴり吹っ切れて、今度ははっきりと言葉にする。
「……っ!」
オウガが目に見えてうろたえた。
顔が真っ赤だ。
「大好き」
「……あ、あぁ」
オウガは、好きと言われ慣れてないんだろう。
もう一度言えば、どうしていいかわからないという表情になり、ふいっと顔を背けてしまう。
自分でいうときは恥じらいなく言うくせに。
ちょっと面白いというか……それがたまらなく愛おしく思えた。
手を伸ばして、顔をこっちに向けさせる。
「オーガスト」
「……っ!」
本名を呼べば、オウガが目を見開く。
「本当の名前、オーガストっていうんだね。私も次から、そう呼んだほうがいい?」
「いや……オウガでいい。メイコにオウガって呼ばれるの、好きなんだ」
問いかければ、小さな声でオウガがそんなことを言う。
背伸びして、オウガの頬をぐいっと自分のほうへ引き寄せて。
その唇に、自分からキスをする。
「め、メメ……メイコっ!?」
オウガは私からばっと離れて、大げさなくらいに動揺した。
「恋人同士なんだから……これくらいするでしょ?」
「いや、確かにそうなんだが……心の準備ができてなかったというか……!」
もしかして嫌だったのかなと思って、むくれながら言えば、オウガがしどろもどろになりながら呟く。
「病院で押し倒して、部屋に囲ったくせに」
「それは……まぁ、そうなんだが。手はまだ出してないだろ……」
指摘すれば、オウガがもごもごと言い詰まる。
「まだって部分が、アウトだと思うんだけど」
「……オレだって男だ。好きな奴とそういうことはしたい。それに、メイコがまた死んだらって思ったら怖くなったんだ。またあんな思いをするくらいなら、無理やりメイコを竜にしてしまえって思った。竜なら、車に轢かれたくらいで……簡単に死んだりしない」
言葉にしながら、オウガはまた不安になってしまったらしい。
癖のように私を引き寄せて、抱きしめようとして。
それから、私に言われたことを思い出したのか、はっとしたように思いとどまった。
オウガの竜にするという言葉に、イクシスさんが説明してくれたことを思い出す。
「ねぇ、オウガ。逆鱗を飲んだら、竜になれるんだよね? 私が竜になったら、オウガは安心してくれる?」
「……竜になってくれるのか?」
私の言葉に、オウガが目を見開く。
「花嫁になってくれって言ったくせに、オウガは私を竜にする気がないの?」
その不安を取り除いてあげたい。
オウガと離れることなんてできないと、今回痛いほどにわかった。
遅かれ早かれ竜になるなら、それが今でも別にいいはずだ。
「そんなわけない! メイコが竜になってくれるなら、これ以上に嬉しいことはないんだ!」
おねだりするように問いかければ、オウガは私のネックレスから逆鱗を外し、自分の手のひらに置いた。
「逆鱗を飲み込ませて、オレの愛情をメイコの体に教え込めば……メイコは竜になる。ここまで喜ばせておいて……今更怖じ気づくのはナシだからな?」
「オウガと一緒なら、何があっても大丈夫な気がしてるから、平気だよ」
逆鱗を飲み込めばもう逃がしたりしないと、オウガの目が言っている。
人間じゃなくなるのにいいのかと、戻る道を示してこないのも――オウガらしい。
私に、自分を選んでほしいという気持ちが伝わってくる。
求められているのが……嬉しかった。
自分の意志で、オウガの手から逆鱗を受け取る。
それを口に含んで、砕いて飲み干す。
「メイコ……」
オウガが嬉しそうに私の名前を呼ぶ。
その顔が近づいてきて、唇が重なった。
何度も角度を変えるように、唇がそっと触れあう。
オウガがキスをしやすいように、顔を上向けて、背伸びをして服をぎゅっとにぎりしめた。
オウガの舌が、ぬるりと唇を割って私の口の中に入ってくる。
びっくりしたけど、嫌じゃない。
むしろ……嬉しいとさえ思った。
「ん……」
鼻にかかったような声が漏れれば、オウガと視線が合う。
たまらないというように、ますますオウガが舌を絡めてくる。
キスの水音と、湧き起こる妙な感覚に……いけないことをしているような気分になる。
ぞくぞくして体の力が抜けたところを、オウガに抱きかかえられる。
ベッドへと運ばれて、私の上にオウガが覆い被さった。
ギシ、とベッドがきしんで音を鳴らす。
「えっと……オウガ?」
「竜にするには、逆鱗を飲ませるだけじゃダメだからな。オレがどれくらいメイコを好きなのか、体に教えてやる」
何故かオウガがシャツを脱ぐ。
先ほどまでの弱気なオウガはどこへやら、凶悪なまでに凶悪な顔をしていた。
男らしい胸板がそこにはあって。
「えっ!? まさか体に愛情を教え込むって……そういう……」
「逆鱗を飲むだけで、竜になれるわけがないだろ。そこに愛がなきゃな?」
嫌な予感が頭をよぎれば、それで正解だというようにオウガがくくっと喉を鳴らす。
罠にはめられたような気分で、顔を真っ赤にする。
これじゃ、自分からベッドに誘ったようなものだった。
「ちょっとまっ……んっ!」
私の言葉を封じるように、オウガが噛みつくようなキスをしてくる。
オウガの手つきは優しくて、腕の中は心地よくて。
まぁ……いいか。
愛されてるってわかるし。
オウガと一緒なら、安心だ。
自分からその背に腕を回せば、オウガが幸せそうに微笑んでいた。
竜のお兄さんのお話、これにて終了です。
どうにかこうにか幸せにしてあげられてよかったところですが、分岐前は「本編前悪役」より以前にあったことなので、不憫度が何故か増した気がします。
少しでも楽しんでいただければ幸いです!




