41.内緒話と本音と
今日はいい気分だから、皆でお酒を飲もうとオウガが提案してきた。
異論はなかったので頷けば、オウガは私とイクシスさんを残して買い物へ行ってしまった。
向かい合うように座っているイクシスさんは、興味津々というような目で私を見ていて……緊張してしまう。
「メイコは、オーガストのことが好きなんだな」
「えっ!? あっ、は、はい……」
いきなりそんなことを聞かれて、真っ赤になりながら頷く。
イクシスさんは嬉しそうに笑った。
「オーガストが人前で泣くのも、あんなに幸せそうな顔も……初めてみた。メイコの前ではいつもあんな感じなのか?」
「だいたいあんな感じです……」
驚いている様子のイクシスさんに答える。
出会った当初のオウガは無愛想だった。
ずっと一緒にいた私はともかく、久々に会った弟のイクシスさんは、オウガの変化に戸惑っているみたいだ。
「イクシスさんは、オウガのことをオーガストって呼ぶんですね」
「それが本名だからな」
オウガの本名は、オーガスト・エルトーゴというらしい。
初日に私が聞き間違えたせいか、今までオウガは『桜河・ストエル・東吾』と名乗っていたようだ。
「オウガからは双子って聞いてたんですけど、見た目というか……年が大分離れてるように見えます」
「オーガストは老け顔だからな。実際には俺と同じ年だ。人間に換算すると、俺もオ―ガストも二十代前半で、角もあまり変わらないだろ?」
質問に答えて、イクシスさんが自分の角を指さした。
竜族は見た目では年齢がわからないことが多く、角の透明度で年齢を判断するようだ。
ちなみにオウガもイクシスさんも四百五十歳というから……驚くしかない。
冗談だと笑い飛ばしていた年齢は、本当のものだったようだ。
「オーガストの逆鱗は染まりやすいのに、今まで相手に想われなかったからな。あんたがオーガストを好いてくれて、本当に嬉しい。ありがとな」
イクシスさんは、オウガの幸せを自分のことのように嬉しく思っているみたいだ。
そんなふうに言われると、なんだか照れてしまう。
「いや、オウガが好きになってくれたから、私も好きになったというか……あのその……逆鱗って、何ですか?」
このふんわりとした空気に耐えられなくて、イクシスさんに質問をする。
「オーガストから何も聞いてないんだな。まぁ、竜族って知られるのが怖かったみたいだし、当然か。逆鱗っていうのは、あんたが首から提げてるその鱗だ。本来は喉の下にある」
そういって、イクシスさんが自分の喉元を見せてくれる。
そこには水色をした逆三角のような鱗が一枚あった。
「逆鱗はつがいを見つけると水色から桃色に変化する。桃色になった逆鱗をつがいに与えて竜族にして、花嫁として迎え入れるんだ。逆鱗は一枚しかないから、一生に一人しか竜は花嫁を得られない。花嫁を探して……未婚の竜は旅をするんだ」
イクシスさんは喉元の布を元に戻し、私に笑いかけてくる。
「その色からして、オーガストあんたが相当好きみたいだ。いつでも花嫁にできる」
このペンダントは、オウガが私を好きな証そのもの。
そう思えば、くすぐったい気分になった。
「早く竜になって、オーガストを安心させてやってくれ」
「私が……竜に?」
「そうだ。竜の寿命は長い。人間のままじゃ一緒にいられないからな」
いきなり言われたことに戸惑う。
オウガが竜で、異世界が存在するというだけでも容量オーバーなのに、そんなことを言われてもピンとこなかった。
「まぁ、竜になるのが無理って今更言っても、遅いんだけどな。あんたが嫌がろうと、オーガストは竜にすると思うし、逃がさないと思う。それに関しては諦めて受け入れてくれ」
「……」
黙ってしまった私に、イクシスさんが焦ったような顔になる。
脅かしすぎたと思っているのかもしれない。
「不安になるのも当然だとは思う。けど、オーガストはいい奴だ。弟の俺がいうんだから間違いない。あんたのことを大事にするし、竜の生活も悪くないぞ?」
イクシスさんの話しを聞きながら、考える。
さっきまで、苦しくてしかたなかったのに、オウガに会って嘘みたいに楽になった。
側にいるのが当たり前すぎて、姿が見えないだけで不安になって……息苦しかった。
安らげる場所はオウガの隣で。
オウガがいないと……私はダメになる。
それだけは、もうわかっていた。
「オウガと一緒にいられるなら、それでいいです」
「……そっか」
はっきりと言葉にすれば、イクシスさんはほっとしたように目を細めた。
「だってさ。よかったな、オーガスト!」
イクシスさんが、急に大きな声で叫ぶ。
もしかして、オウガが帰ってきてたの!?
慌てて玄関のほうを見たけど、そこにオウガの姿はなかった。
「へぇ? 聞いてたくせに知らんふりか。俺に隠してもムダだってわかってるくせに」
「イクシスさん、オウガがどこかにいるんですか?」
面白そうに笑うイクシスさんに、わけがわからなくて尋ねる。
「この部屋は、オーガストが作り出したものだって言っただろ。会話は全部オーガストに筒抜けで、絶対聞いてたはずなんだが……嬉しくて照れてるみたいだ」
「き、聞かれてたって……! 何で教えてくれないんですか!」
「言ったら、本音で喋ってくれないだろ?」
声を荒げれば、当然のようにイクシスさんは言う。
どうやら確信犯のようだ。
イクシスさんが私の隣に腰を下ろし、手をとってくる。
それから顔を近づけてきた。
「まぁいいや。オーガストが聞いてないなら、手を出しても文句は言われないよな。オーガストが気に入る女に、俺も興味があるんだ」
「えっ、えっ!? イクシスさん!?」
距離が近い。
今にもキスしそうなくらい接近されて、思わず体をのけぞらせる。
「その反応、悪くないな。双子だからか、好みが似てるのかもしれない」
楽しそうに笑うイクシスさんの力は強くて、抵抗ができない。
「オウガっ!」
「イクシス! 悪ふざけはやめろ!」
怖くなって思わず名前を呼べば、そこにオウガがいきなり現れた。
ソファーの後ろから、オウガが私とイクシスさんを引きはがす。
「やっぱり聞いてたな。焦るオーガストなんて、珍しいものを見た」
上機嫌にイクシスさんが笑う。
オウガを呼びだすための芝居だったようだ。
「酒を用意してもらったが、俺は帰ることにする。折角の再会を……邪魔しちゃ悪いしな?」
ソファーから立ち上がったイクシスさんが、からかうようにオウガを見た。
「あのな、イクシス!」
「顔赤いぞ?」
オウガがムキになって怒鳴れば、意地悪くイクシスさんが笑う。その反応が楽しくてしかたないといった感じだ。
「……っ、もう帰れ!」
「そうするさ」
玄関を指さしたオウガに、イクシスさんは肩をすくめる。
珍しくオウガが遊ばれてしまっていた。
「そうだ、メイコ」
「はい、何ですか?」
イクシスさんに話しかけられて、顔を上げる。
かがんだイクシスさんが、耳元に顔を寄せてきた。
「ちゃんと好きだって言ってやれ。不安に思ってるみたいだからな」
小声で囁かれ、思わず赤くなる。
イクシスさんはそれを確認して、満足そうに笑った。
「イクシス、メイコにちょっかい出すな!」
オウガに手を引かれてソファーから立たされ、自分のものだというように抱きしめられる。
イクシスさんは手を上げて、大げさに何もしてませんよというようなポーズを取った。
「オーガストのこと、頼んだからな」
イクシスさんは私に向かって念を押すと、その場から姿を消してしまった。




