4.男の部屋に泊まる意味
「今日は助かった。メイコのおかげでどうにかなりそうだ。今日のところはお金を借りておくが、後で必ず返す。遅くまでつき合ってもらって悪かったな」
色々説明し終えれば、桜河さんがお礼を言って頭を下げてくる。
「ううん。こっちこそ、桜河さんのおかげで助かったから」
「そう言ってもらえると、ありがたいな。家まで送ってく」
桜河さんが立ち上がったけれど、私はそのままベッドから動く気はなかった。
「その必要はないですよ。今日はここに泊まるつもりですから」
「……男の部屋に泊まるってことがどんなことか、わかってないのか? どうなっても文句は言えないんだぞ?」
ごろりとベッドに横たわれば、桜河さんが脅すような口調でそんなことを言ってくる。
「わかってます。別にいいですよ、桜河さんの好きにして」
投げやりな気分でそう言えば、はぁと桜河さんが溜息を吐く。
「子供相手に、そんな気分になるわけないだろう。そんな特殊な趣味はない」
眉を寄せていう桜河さんは、もっと色っぽくなってから出直してこいとでも言いたげだ。
「だから、私もう十五で子供じゃありません! さっき買い物をしているときにも言いましたよね!」
「あーわかったわかった。そういうことにしといてやる」
むくれた私を全く相手にせず、桜河さんときたら適当に返事をする。
「やっぱりお前も家出してきたんだな。何があったか聞いてやるから、言ってみろ。同じ家出してきた者同士だ。他の奴ならともかく、オレならわかってやれることがあるはずだ」
子供をなだめるかのような響き。
でもそこには、私を気遣う優しさがあった。
少し泣きそうになって、桜河さんへ背を向ける。
「母さんが……再婚したの」
たぶん私は誰かに話を聞いてほしかった。
桜河さんは何も口を挟まずに、最後まで聞いてくれた。
「メイコは両親のことが大好きなんだな。その気持ちは、母親にも伝わってるんじゃないかと……思う」
私を諭すでもなく桜河さんは呟く。
何を言っていいのか、迷っているようにも見えた。
ずっと黙っていたら、私が泣きそうに見えたのが、そっと頭を撫でてくる。
それは髪に触れるか触れないかの、もどかしいものだった。
「なんで……そんなおそるおそる撫でてくるんですか」
「オレなんかに撫でられるのは、嫌だろうと思ってな。けど……お前を慰める方法が、これくらいしか思いつかなかった」
起き上がって桜河さんを見れば、その顔に迫力が増していた。何か企んでいるような悪役顔は、もしかしたら困り顔なのかもしれない。
「別に、嫌じゃないです……」
「そうか」
温かくて大きな手の感触は、お父さんを思い出す。
「……もっと撫でないんですか?」
つい、おねだりするようにそんなことを言えば、桜河さんの手から少し遠慮が消えた。
「家に居づらいなら、いつだってオレのところに遊びにきていい。しばらくはここにいるから」
「……本当に?」
ポンポンと軽く、桜河さんが私の頭を叩く。
「あぁ。メイコには他にも色々教えてもらいたいからな。ほら、行くぞ」
目の前に差し出された桜河さんの手を取る。
これ以上困らせるのは、よくないなと思った。
大きな手から伝わる体温は温かくて。
何だか……とても懐かしかった。