37.画面の向こうの再会
夕飯もオウガが準備してくれた。
オウガは作ろうとしないだけで、それなりに料理はできる。
ただ、ざっくりとした男の料理って感じのやつが多い。夕飯は焼きそばを食べながら、オウガが借りてきたというDVDを二人で見た。
歯磨きをして、乙女ゲームの続きをする私をオウガが横で見ていた。
そろそろ帰ろうかな。
そう思いながらも、帰ると言い出せない。
帰ったら……オウガとそれっきりになったりしないだろうか。
このままここにいたら、何かされてしまうかもしれない。
でも、それよりもオウガと会えなくなるほうが、よっぽど怖く感じた。
眠くなってきてゲームをセーブし、電源を落とす。
どうしようか悩んでいたら、オウガがソファーから立ち上がった。
「そろそろ寝るか。ほら、行くぞ」
オウガが、手を差し出してくる。
私が緊張しているのを楽しむかのようだった。
「一緒に眠るの?」
「当然だろ。恋人だからな」
試されているような気がした。
迷いながらも、その手が引っ込められてしまうのが嫌で、恐る恐る手を置く。
オウガは、私をベッドに連れていった。
病院のベッドでしたように、私のうえに覆い被さってくる。
その手が服の間から、私のお腹を撫でて……思わず身をすくめた。
「やだ……オウガ……」
この後に及んで、何をと思われるかもしれない。
でも、まだ心の準備ができてなかった。
「……」
オウガは無言で私を見つめていた。
風呂に入ったばかりのオウガは、上半身裸だ。
オウガの体は引き締まっていて、男らしい体つきをしている。
前髪が下りているせいか、いつもより若く見えた。
オウガの顔が近づいてきて、ぎゅっと目を閉じる。
そっと、つむじにキスをされた。
「怖いなら、まだしない。そう……怯えるな」
オウガは私の反応に、少し傷ついたような顔をして……肩まで毛布をかけてくれる。
「おやすみ、メイコ」
私を抱きしめ、オウガは寝てしまった。
すぐ側に、オウガの顔があるのが……変な感じだ。
「……おやすみ、オウガ」
誰かに抱きつかれながら寝るなんて、滅多にない。
さっきまで怖い目にあっていたはずなのに、オウガの腕の中は守られているみたいで……落ち着く。
オウガは私を傷つけたりしないと、無条件に信じてしまっている自分がいた。
こうやって安らげるのは、相手がオウガだから……なんだろうか。
そんなことを考えながら、気づけば眠っていた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
クリスマスイブの午前中、オウガと一緒にのんびりとすごす。
というか、この日は仕事だったと思うのだけれど。
どうやら事故にあった私は、経過を見るために療養ということになっているようだ。
「オウガは休みじゃないはずだよね?」
「それが朝に電話がきて、メイコについててやれって有給をもらえた。岡崎課長は、オレとメイコが恋人同士だと思ってるからな」
岡崎課長は、私とオウガの直属の上司だ。
どうやら気をつかってくれたらしい。
「オウガ……岡崎課長に何か言ったの?」
「いや? そもそも、岡崎課長だけじゃなく、他の奴らもオレ達が付き合ってるものだと思ってるからな。メイコの愛妻弁当とか、家に招待されたときの話しとか、休んだときに看病してもらったこととか……事あるごとに惚気ておいたからな」
オウガときたら、勝手に何をしてくれているのか。
そもそも、愛妻弁当ってなんだ。
一人分も二人分も変わらないから、オウガの分までお昼の弁当を作っているだけだ。
いつの間にか外堀が埋められている気がして、呆れた視線を送れば……しかたないだろとオウガが私を抱きしめてくる。
子供がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるときのように、頬を寄せてきた。
「メイコを他の奴らに、取られたくなかったんだ」
腕の中にいる私が逃げないのをいいことに、オウガが頬や髪、耳たぶを触ってくる。
満たされたような顔をしているから、振り払う気力も失せてしまった。
昨日と同じ姿勢で、オウガの股の間に収まってゲームをする。
オウガの胸板の感触はわりといい。
固いけど適度に弾力があって、温かかった。
「なぁ、もしもこのゲームの舞台が、現実に存在していたら……暮らしてみたいか?」
「そりゃもちろん! 大好きなゲームの世界だからね!」
「そうか。それはよかった」
即答すれば、オウガから嬉しそうな声が返ってくる。
「ところで、メイコはこのアベルが好みなのか?」
画面には黒髪に蜂蜜色の瞳をした、十三歳くらいの少年。
お相手としては、幼すぎるんじゃないかとオウガは言いたいらしい。
「この子はアベルって言って、前作からのキャラなんだ。ヤンデレキャラで、私はあまり好みじゃないんだけど……この子が過去に罪を犯す前に、今作では助けられるシナリオが用意されているから、プレイしたくって!」
「ふーん?」
熱く語ったけれど、オウガはあまりわかってない様子だった。
アベルは隠しキャラ。
主人公が夏休みに男装をしてバイトをすると、そのルートが解放されるようだった。
男装して働いているところを、とある屋敷の女主人・ヒルダに見初められた主人公。
筋金入りのショタコンである彼女に攫われるようにして、アベルのいる屋敷で働くことになってしまう。
そこでアベルとの友情を深めていきながら……というストーリーのようだ。
屋敷にはアベルを含め十三人の少年がいて、彼らと仲良くなりながら情報を引き出していくのだけれど、これがなかなか面白い。
前作では見えなかった陰謀が渦巻いていて、選択肢を間違えると主人公が殺されてしまう。
「つまり、前作でアベルが女主人を殺した裏には黒幕がいるってことか。犯人を当てる推理ゲームみたいだな」
「ここだけまるで別のゲームみたいで、楽しいかも!」
オウガもいつの間にか真剣になっていて、二人して色々と話し合う。
集めたアイテムや情報で聞き込みするのだけれど……相手や使うアイテム、言葉を間違えると、即ゲームオーバーになってしまうこともあった。
それもまたヒントになっていて、段々と全貌が見えてくる。
アベルとの恋愛そっちのけで、気づいたらのめり込んでいた。
「少しトイレに行ってくる。進めといて、後で内容を教えてくれ」
「わかった」
オウガが席を立っている間に、女主人の部屋へ入りこむのを成功させ『竜の宝玉』というアイテムを手に入れる。
それを図書室で調べれば、竜族という種族が『竜』本来の姿になるために、必要なアイテムだということがわかった。
「どうだ、何か進展はあったか?」
「うん。女主人の部屋で、竜の宝玉を手に入れたよ!」
横に座ってきたオウガに、得意げに答える。
オウガは驚いたような顔をした。
「どうかしたの?」
「いや……そのアイテムは、滅多に手に入らないものなんじゃないかと思ってな。偽物なんじゃないか?」
確かに……オウガのいうことも一理ある気がした。
「毎週火曜に、宝石商の男が屋敷に来てただろ。鑑定してもらえ」
「それもそうだね!」
オウガの意見に従えば、この宝石はよくできたレプリカだった。
それでも、かなりの値がする細工品らしい。
宝石商のおじさんはこの宝玉を欲しがったが、重要なアイテムの気がしたので、売るのはやめておくことにする。
『おいお前。こそこそとヒルダの周りをかぎまわって、何を企んでるんだ?』
主人公が一人になった瞬間、新しいキャラがいきなり目の前に現れた。
赤い長髪に、金色の目をした二十代前半の青年で、ツンとした雰囲気のイケメンキャラだ。
頭には角、背中には翼があり、どことなく竜っぽい。
「イクシス!?」
オウガが声をあげて、ソファーから立ち上がる。
「ど、どうしたのオウガ。びっくりするじゃない!」
「わ、悪い。あまりに弟に似てたものだから……」
私に謝って座り直したオウガだけれど、動揺した様子だった。
オウガの弟さんは、死んだも同然の行方不明と聞いている。
例えゲームのキャラでも、似ていたら気になってしまうんだろう。
彼は私の見込みどおり、竜のようだった。
女主人に『竜の宝玉』を奪われて、命に関わる誓約を結ばされてしまったらしい。
宝玉がないせいで竜本来の姿になれず、天空にある里へ帰れない。
女主人が死ねば、自分も死んでしまうから、嫌々守っているといった様子だった。
『俺の名前はヒース。あんたの名前は?』
画面の向こうにいる、赤い髪の青年が喋る。
「……ヒース、ね?」
オウガは難しい顔で、画面を睨んでいた。




