35.奇跡というには
「ん……」
目を開ければ、白い天井。
カーテンで仕切られた小さな空間は、薬品の香りがする。
ここは病院みたいだ。
物凄くすっきりとした気分。
二十歳になった記念にと一度献血に行ったとき、寝て起きたらこんな感じだった。
自分の体の血が全て新しいものと入れ替わったような、そんな感覚だ。
それにしても、足下が妙に重いなぁ。
体を起こしてみれば、そこにはオウガがいた。
上半身をベッドにうつぶせて、スーツ姿のまま寝ている。
なんで私……病院にいるんだっけ。
たしか、アニ●イトにゲームを買いに行ってそれで……事故にあったような?
それにしては体が痛くない。
手で触って確かめたけど、怪我をしている感じでもなかった。
トラックが突っ込んできて、あれは……即死だったと思うのだけど。例え奇跡的に助かったとしても、無傷ということはありえない。
全部夢だったってことだろうか。
でも、それならどうして病院にいるんだろう。
「オウガ、起きて! 聞きたいことがあるんだけど!」
「ん……メイコ……?」
肩を揺すれば、オウガはまだ寝ぼけているみたいだった。
「ねぇ、オウガ。どうして私、病院のベッドで寝てるの?」
「……っ! メイコっ!」
尋ねればオウガがはっとした顔をして、勢いよく私に抱きついてきた。
「わっ、オウガ!? どうしたの一体!! ちょっと痛いよ!!」
馬鹿力で思いっきり、オウガが抱きしめてくる。
骨が折れたらどうするんだと思うくらいの、遠慮のない力だった。
「よかった……生きてる。メイコ、メイコ……っ!」
縋るように抱きついてくるオウガの体は震えている。
泣いていると気づけば、振り払うこともできなくて、落ち着くのを待つことにした。
「もう、ダメかと思った。怖かった。あんなのは……これっきりにしてくれ」
苦しそうな声に、たくさん心配をかけてしまったんだなと気づく。
「……心配かけて、ごめんね」
「あぁ」
オウガの頭を撫でるようにしてそう言えば、小さく返事をして。
しばらくしてから、オウガが体を離した。
「トラックに轢かれた後の記憶がないんだけど……」
「メイコはトラックに轢かれたが、奇跡的に無傷で助かったんだ。けど、意識が戻らなくて……心配してたんだ」
オウガは説明してくれたけど、納得がいかない。
「直撃だったのに、あれで無傷はありえないよ。はね飛ばされた時の衝撃とか、逆さまになった光景とか覚えてるんだよ?」
「……生きてるんだから、細かいことはどうでもいいだろ」
「いや、どうでもよくはないでしょ……」
やっぱり腑に落ちない。
もやもやとして……それからはっとする。
「そうだ、オウガは!? オウガは怪我しなかった!?」
「オレは平気だ。トラックが目の前を通りすぎただけだしな」
「そっか……よかった」
ほっと胸をなで下ろせば、腕を引かれた。
前のめりになった私の瞳を、立ち上がったオウガが見つめてくる。
息がかかりそうなほどに、顔が近い。
戸惑う私を、オウガの真剣な瞳が見つめていた。
「ちょ、ちょっとオウガ?」
「好きだ。メイコ」
唐突な告白はいつものことで、オウガなりの友情の示し方だ。
なのに……本当に告白されていると、勘違いしてしまいそうなほど真に迫っていた。
「あ……うん。ありがとう」
オウガの好きは友達の好きだ。
わかっているのに、照れてしまう。
心臓の鼓動が跳ねているのに気づいて、妙な気分になった。
オウガの手が私の頬を捉えた。
次の瞬間、オウガの唇が私の唇に、微かに触れる。
「えっ!? えっ!? お、オウガ!?」
「……オレの好きは、こういう好きだ。ずっと前からな」
頭がついていかない私の耳元で、オウガが呟く。
低く響くその声は切なげで……とてつもなく色っぽかった。
「鈍すぎるメイコが自覚するまで、気長に待つつもりだったんだが……考えが変わった。人間はいつ死ぬかわからないからな」
「なっ、いや……ちょっと待ってよオウガ! 私とオウガは親友で! どうしていきなりキスなんか……」
そんなことを急に言われても!
混乱した私に、オウガがむっとした顔をする。
「オレだって、こんなふうにキスしたくなかった。けどこれ以外に方法が思いつかなかったんだ。何度も告白しても、本気にしてもらえなかった」
今までの告白全てが真剣だったんだと、静かな声でオウガが言う。
「いや、だって年が離れすぎてるし!」
「戸籍上は同じ年だ。それにもう、見た目の年齢はそこまで離れてない」
慣れたやりとりをしながら、オウガがベッドへ上がってくる。
白いベッドに両手を貼り付けにされて、その大きな体の重みで自由を奪われた。
「キスでも意識してもらえないなら……どこまですれば、オレが本気だって気づくんだろうな?」
苛立ったようなオウガの言葉。
いつにないその雰囲気に飲まれて、心臓の鼓動が早くなる。
「お、オウガ落ち着いて! ここ、病院だよ?」
「場所の問題なのか? なら、オレの家に行くか。退院の手続きならすぐ済ませてやる」
「いや、それは余計に危ない気が……」
「それがわかるなら、少しは意識しはじめたってことだな」
オウガは淡々と答えて、それから母さんや弟達を病室に呼んだ。
「メイコの面倒はしばらくオレの家で見ます。実を言うと、母国で医師の免許を取得しているので、もし何かあってもすぐに対応できますから」
「本当にオウガくんには、お世話になりっぱなしね。メイコのこと、よろしくお願いします」
私の肩を抱いていうオウガに、母さんが頭を下げる。
「オウガ、医師免許なんて持ってたの?」
「まぁな。この国で有効なのかはよくわからないが」
そういってオウガが見せてくれたのは、不思議な色あいに光るカードだった。
よくわからない文字が書かれているが、白衣を着て写っている男の人は間違いなくオウガだ。
母さん達は、オウガが実は私より年上ということを知っている。
「この国で色々手続きする際に、間違ってメイコと同じ年で登録されてしまったみたいです」
そんな適当なことを言って、オウガは誤魔化していた。
信じる母さん達も母さん達だが、オウガもオウガだ。
オウガって……一体何者なんだろう。
そんなことを考えている間に、車に乗せられて。
私は、オウガのマンションへ連れ去られてしまった。
すみません、少し遅れました!




