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「桜メイコンビ! 先日の件はどうなってる」
「クライアントのところへ訪問する約束をとりつけました」
「こちらが提案書になります」
私が課長に答えれば、まるで事前に打ち合わせをしていたかのような流れで、オウガが提案書を渡す。
私とオウガは高校を卒業後、この地域では知名度のある会社に就職した。
どうにか卒業できた私とは違い、オウガは卒業する頃には学年主席で、大学へ行かないかと先生達から言われていた。
なのに、それを全部蹴って、この会社に勤めている。
今年の新入社員はたくさんいたはずなのに、秋になった今では半数に減っていた。
この会社、仕事はやって覚えろとばかりに、育てる過程がすっぽり抜け落ちている。
言われてから動いていては仕事にならなくて、自分で考えて行動しなければいけなかった。
私とオウガは二人で一人前。
会社内では、桜河の苗字と私のメイコという名前から、セットで「桜メイコンビ」と呼ばれることも多い。
気心の知れたオウガだから、苦手なところは補い合えるし、臨機応変に動ける。
私が言わなくても、オウガが先を読んで行動してくれるから楽だ。
他の人と組まされていたら、私も最初の時点で辞めていたと思う。
――うちの会社、新入社員が居着かないんだよね。
入社した当初、上司はそう言って笑っていたけれど、これじゃ当然だ。
努力した分認められる環境はあるし、やり甲斐のある仕事だからか、社員の年齢層は若い。
けれど、明らかにオーバーワーク気味な会社だった。
「土日休みで、残業代出るだけまだましだよ?」
愚痴を言えば、先輩である佐藤さんは笑っていたけど、笑い事じゃない。
土日休みで高収入。
それはとても魅力的だけれど、残業と仕事量が半端じゃなかった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「うぅ……もうダメ……」
「頑張ったな。ほら、ココア飲むだろ?」
疲れたときに私が甘い物を飲みたくなることを、オウガはよくわかっている。
残業が終れば、温かいココアを差し入れてくれた。
「明日はようやく休みだ……」
休み。休日。ホリディ。
なんて素敵な響きだろう。
「何か予定あるか?」
「まず昼まで寝るでしょ。それから『黄昏の王冠』をやるんだ!」
尋ねられて元気よく答えれば、またそれかとオウガはげんなりした顔になる。
「前に一度クリアしてるだろうが」
「それがね! 『黄昏の王冠』の続編が来年出るみたいで、またやりたくなっちゃったんだ!」
私は、前よりもさらに乙女ゲームにはまっていた。
高校を卒業して一人暮らしなのをいいことに、自分でゲーム機を買い、乙女ゲーム漬けの毎日を送っている。
これが仕事に疲れた私の、唯一の癒やしと言っていい。
「引きこもってばかりはよくないだろ。折角の週末なんだから、出かけるぞ」
「えー! 別にいいよ。ゲームやりたいし」
社会人になってからは、オウガが私を外へ連れ出すことが増えていた。
高校卒業と同時に車の免許を取ったオウガは、私を色んなところへ誘ってくる。
「古今東西ラーメンフェスタのチケットが二枚あったから、誘ってやったのに。行かないなら林太郎を誘うとするか」
「古今東西ラーメンフェスタって、有名ラーメン店が全国から集まって、ちょっとずつ食べられるっていう……あのラーメンフェスタ? もちろん行くよオウガ!!」
食い意地に釣られれば、オウガがニヤリと笑う。
どうにもオウガは一枚上手で、私の好みを知り尽くしていた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「う~美味しい!」
「そりゃよかった」
ラーメンフェスタは大盛況で、頼んだラーメンは文句なしに美味しかった。
満足した私に、オウガが笑う。
「オウガのやつも少し味見させて」
「あぁいいぞ」
交換すれば、よりたくさんの種類が味わえる。
オウガと二人で色んな種類を食べ比べし、締めはソフトクリームを食べることにした。
「それにしても、私達平日も休みも関係なく、ずっと一緒にいるよね。他の友達は休みの日を合わせるのが難しいし、大人ってこんなに忙しいと思わなかったなぁ……」
「まぁ、こんなもんだぞ」
うなだれる私とは違い、オウガはあっさりしている。
高校生になる前に、オウガは大人だったから私とはまた感じ方が違うんだろう。
というか、高校生になる前から大人って色々と間違っている気もするけど……実は高校って年齢制限ないらしいんだよね。
だから、オウガが戸籍を偽造して、十五歳で登録する必要も特になかったのだ。
まぁ……今更だけどね!
「勉強嫌いだし、早く自立して大人になりたいと思ってたけどさ。今になると、学生時代のほうがよかった気するんだよね……」
「まぁ、楽しかったからな。けどオレは今の生活に満足してるから、もう一度学生をやりたいとは思わないが」
うなだれた私に、ふっとオウガは笑みを零す。
「オウガは今に満足してるんだ? というかさ……どうしてこの会社を選んだの? オウガなら大学も行けたし、もっといいところ狙えたのに」
「そんなの、オレにはどうでもいいことだ。メイコと一緒にいられればそれでいい」
もしかしてと思いながらも、ずっと聞けなかったこと。
予想どおりの言葉が迷いなく返ってきて、深く溜息を吐く。
「オウガさ、人生棒に振ってるよ? なんで私についてきてるの。仕事っていうのは、未来のビジョンをしっかり描いてだね……」
「メイコが側にいてくれたら、オレの未来はそれで十分なんだが」
説教しようとすれば、オウガは真顔だった。
これ本気で言ってるな……。
まぁ、オウガといると楽だし、そう思ってくれているのは嬉しいんだけど。
それだと、オウガの為にならない。
「あのね、オウガ。私もずっと側にいられるわけじゃないんだよ? 腐れ縁でここまできちゃったけど、私にばっかり構ってないで、オウガもいい年なんだからいい人探さなきゃ」
オウガが黙りこみ、地雷を踏んでしまったと悟る。
どうにもオウガは、結婚はとかいい人を探せとか、そう言われるのが嫌いらしい。
顔の怖さゆえに、女性にふられまくっていたと……いつだったか聞いたことはあった。
「大丈夫だって! 目つきは悪いけど、よく見れば整った顔してるし。性格もいいんだから、きっと中身を見てくれる人が現れるよ! 収入もばっちりで、優良物件なんだしさ!」
元気づけようと背を叩いたけれど、オウガはむすっとしたままだ。
「オレは、メイコがいいって何度も言ってる」
「だから、実際の年が離れすぎてるでしょうに」
面白くなさそうな顔をするオウガに、毎度のツッコミを入れる。
「戸籍上は同じ年だろ」
「その戸籍上っていうのがアウトでしょ。色んな意味で。私とオウガが並んでも、年の離れた兄妹にしか見えないでしょうが」
「今はそうでもないだろ。メイコの年がオレに追いついてきてる」
「まぁ……確かにそうかもしれないけど」
オウガの見た目は、出会った頃から変わらなくて、相変わらず三十代前半くらいにしか見えない。
でも、私とオウガの見た目の年齢差は……確実に縮まってきていた。




