29.たとえ何者だったとしても
私とオウガは三年生に進級し、すでに十一月。
就職することにした私達は、すでに企業から内定をもらって毎日のんびりとすごしていた。
今日は弟達も一緒に、オウガの部屋でDVDを鑑賞中だ。
見ている映画は、友情ものだった。
街の少年達は、謎の転校生と衝突しながらも友情を深めていく。
そんなある日、いきなり宇宙から侵略者が現れて……転校生は友達を守るために、正体を明かして戦うのだ。
転校生の正体は、人間が大好きな宇宙人。
友達になった少年達は、彼が宇宙人だと知って逃げていく。
それでも彼は、友達を守るために戦って……という流れだった。
「……っ」
横を見れば、オウガはボロ泣きだ。
出会った頃のオウガは、どんなに感動的なシーンでも眉ひとつ動かさなかったのに。
その変化を微笑ましく思う。
ハンカチをさし出せば、オウガはお礼を言って受け取った。
傷ついて、何もかもを――心の奥に封じていただけで。
元々オウガは、今のように感情豊かな奴だったんだろう。
「なぁ……メイコ」
心細そうな声で名前を呼ばれた。
横を見れば、遠慮がちなオウガの瞳と目が合う。
「もし、オレが……宇宙人だったらメイコはどうする?」
「ぷっ……ははっ! 何を真面目な顔で聞くかと思ったら……ははっ!」
斜め上からの質問に、思わず噴き出す。
オウガときたら、映画に影響されすぎだ。
「笑うな……こっちは真剣に聞いてるのに」
「ごめんごめん! そうだね、オウガが宇宙人でも何も変わらないよ」
むすっとした顔のオウガに言えば、顔を覗き込んでくる。
「メイコは、オレが例え人間じゃなくても……構わないって本当に思うのか」
「だって、宇宙人だろうが何だろうが、オウガはオウガでしょ?」
人間だから、オウガと友達になったわけじゃない。
オウガがオウガだから、友達になれたのだ。
「オウガの少し不器用だけど優しいところとか、仲良くなると面倒見がいいところとか。私が好きな部分は、一切変わらないでしょ。結局その宇宙人って、目つきが悪いとか、背が高いとか、そういう特徴でしかないと思うんだよね」
「っ……メイコ!」
自分なりの意見を述べれば、オウガが感極まったように抱きついてくる。
「わっ、ちょっとオウガ!?」
「……その言葉、信じていいんだな?」
戸惑う私の耳元で、オウガの低い声がする。
何かを怖がっているかのように聞こえた。
オウガは、何か……私に隠していることがあるんだろう。
あまりオウガは自分のことを語りたがらない。
――もしも、私に受け入れてもらえなかったら。
それを恐れているんだろうなということはわかっていた。
今更、私がオウガを嫌いになることなんてないのに。
それが、オウガにはわかってない。
真実を知れば、私がオウガから離れて行くんじゃないか。
そう思われていることが……信頼されていないみたいで不愉快だ。
ここまで懐に入ってきておいて、それはないんじゃないかと思う。
……信じていいんだな?なんて。
そんなふうに答えを求めても、頷いてあげるつもりはなかった。
私を信じるか信じないか。
それは、オウガ自身が決めることだ。
オウガが――いつか私に全てを話そうと思えるそのときまで。
何も言わずに待っていようと、心に決めていた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「なぁ、メイコ。それ……楽しいのか?」
「うん。とっても楽しいよ! オウガもやる?」
「やるわけないだろ。何が楽しくて、オレが男と恋愛するゲームをしなくちゃいけないんだ」
オウガがげんなりした顔をしている。
テレビの画面に映るのは、二次元のイケメンだ。
三学期になって、私は『黄昏の王冠』という乙女ゲームにどっぷりはまっていた。
乙女ゲームっていいよね。実際のお付き合いより面倒じゃないし、何よりお相手は、見た目も中身も格好いいキャラばかりだ。
「オレがいるのに、よく堂々と乙女ゲームなんてできるな」
私がゲームしているのを横で見るのは退屈なのか、オウガはふてくされてしまっている。
「さすがに同級生の男子がいたらできないけど、オウガだしね」
オウガの家で、オウガのゲーム機を使わせてもらっているから、悪いという気持ちはある。
でも、オウガだから許してくれるよねと、私はゲームを楽しんでいた。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』は、魔法学園で恋愛をするシミュレーションゲーム。
主人公は魔法学園の転入生となって、三年間をすごし、男の子達と絆を深めていく。
糖分高めで恋愛以外のやり込み要素も多いということもあり、評判のよいゲームだった。
舞台は西洋によく似た架空の大陸で、いわゆるファンタジーな世界観。
現在テレビ画面に映っているのは、砂漠に出てくるボスキャラの一枚絵だった。
もうゲームはかなり後半にきていた。
このボスキャラ『フェアリークレイブの嘆き竜』を倒せば、ゲーム中で一度しか手に入らない超レアアイテムの『竜の角』が手に入る。
このボス戦のために、私はキャラを鍛え上げてきたのだ
「オウガ、もう少し待っててね! 竜を倒したら、もうゲームクリアも同然だから!」
私の声でオウガがテレビを見て、目を見開いた。
「なっ……!? どうして兄さんが!?」
立ち上がって叫んだかと思えば、オウガがテレビの側へ寄って、まじまじと画面を見つめ出す。
「何!? どうしたのオウガ?」
「この竜……よく似てる」
驚いて尋ねれば、ありえないというようにオウガが呟く。
一体、この竜が何に似てるっていうんだろう。
「メイコ、この竜の名前……もしかしてアルザスって言うんじゃないか?」
「ストーリーの中では『フェアリークレイブの嘆き竜』っていう通り名だけど……」
オウガに尋ねられて、竜のステータスバーを見れば、『アルザス』とアルファベットで名前が書かれていた。
「凄い! オウガどうしてわかったの? この竜、何か別のゲームにも出てきたとか?」
メーカーが同じでスピンオフとか、そんな感じだったりするんだろうか。
「……どういうことだ。なんでゲームにアルザス兄さんが出ている。偶然に全く同じってことがありえるのか?」
質問したのに、オウガには私の声が聞こえていない。
難しい顔で独り言を呟き、前髪をくしゃりとにぎりつぶしていた。




