28.宣戦布告2
「……オウガ、高橋くんを脅したりした?」
「脅してはいない。彼氏なら彼女を大切にしろと、当たり前のことを言ってやったまでだ。その名前を聞くだけで……腹が立つ」
屋上に戻って尋ねれば、オウガが苛々としたように答える。
これ、絶対に高橋くんを脅したなと確信する。
オウガは今までにない凶悪面をしていた。
「ちょっとオウガ! なんで勝手なことしてるの! 私、ふられたんだけど!」
大切にしろと高橋くんに言ってくれたのは嬉しいけど、それとこれとは話しが別だ。
「そうか……別れたのか!」
「どうして嬉しそうなの! ちゃんと、反省してる!?」
「いや全く。あの程度で諦めるなんて、所詮本気じゃなかったってことだ。オレ以上にメイコを好きで、大切に出来る奴じゃないと認めない。まぁ、そんな奴いないと思うけどな」
オウガはくくっと上機嫌に笑いながら、目を細めて私の頭を撫でてくる。
「どうしてオウガのお許しが必要なのよ。それだと、一生私に彼氏ができないじゃない!」
「そんなことはないだろ。オレを彼氏にすればいい」
「……へ?」
ツッコミに対して、さらりと返されたセリフに言葉を失う。
オウガは真顔で何を言ってるのか。
「好きだメイコ。大切にするし、オレの全てをかけて幸せにしてみせる。だからオレの花嫁になってくれ」
ぎゅっと私の両手を、その大きな手のひらに閉じ込めて。
まっすぐ目を見つめて……オウガはそう言った。
「ははっ、オウガったら!」
いきなりのプロポーズ。
さすがに驚いたけれど、笑いがこみ上げてくる。
滅多にないオウガの冗談。
結婚してもいいと思うくらいには、私を気に入っているんだと伝えたいらしい。
オウガにとって、これが最上級の好意の示し方なんだろう。
こんなに好かれていたなんて思わなかった。
少々行き過ぎな突き抜けた友情の示しかたに、くすぐったい気持ちになる。
そんな執着が嬉しいなと思ってしまうあたり、私も何だかんだでオウガが大好きだ。
「ありがとうねオウガ。私もオウガのこと大好きだよ!」
「メイコ……!」
好意には好意を。
まっさらな気持ちを伝えれば、オウガの顔が明るくなる。
「うん、仲直りしよう! 皆が彼氏作るから焦って、ついサキに流されちゃったけど、オウガと遊んでるほうがずっと楽しかったんだよね! 私に彼氏はまだ早かったみたい!」
「……は?」
仲直りの握手のつもりで、オウガの手を硬くにぎりかえす。
先ほどまでの嬉しそうな表情から一転、オウガは困惑した顔になった。
「しばらく彼氏はこりごり! ねぇオウガ、久しぶりにカラオケ行こうよ。高橋くんの前ではいい子ぶってたから、ストレスが溜まってるんだよね!」
「……オレの話しをちゃんと聞いてたか? オレは今、メイコに告白したと思うんだが」
思いっきり伸びをすれば、オウガが眉間に皺を寄せる。
「うん、聞いてたよ。だから私もオウガのこと好きだよって返したじゃない」
好意をもう一度言葉にするのは、どうにも照れくさくて。
少しぶっきらぼうな口調で答えれば、オウガは黙りこむ。
もしかして、言葉がわかりにくかったんだろうか。
「私も、オウガのこと一番の友達だって……親友だって思ってるから」
親友という言葉はどうにも慣れない。
オウガは戸惑った顔をしていた。私が初めての友達だと言っていたから……まだ、親友という響きがしっくりこないのかもしれない。
どうにも恥ずかしくなってきて、強引にオウガの手を取る。
「ほら行くよ、オウガ!」
「えっ、いや……ちょっと待てってメイコ!」
この後はオウガとカラオケに行って、夕飯を一緒に食べてゲームをして。
やっぱり気の合う友達……親友と遊ぶのは、この上なく楽しいんだと再確認した。
「やっぱり、オウガと遊ぶのが一番楽しいね!」
夜道を送ってもらいながら、オウガと会話する。
ただ一緒に歩くだけなのに、そんなことすらも特別に思える。
「オレもメイコといるのが一番楽しいが……そうじゃなくてだな……」
「そうじゃなくて?」
聞き返せば、オウガは私の顔をみて盛大な溜息を吐いた。
それから乱暴に、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「なんでもない。焦らないことにする。諦める気は一切ないからな!」
「一体、何のことを言ってるの?」
なぜオウガは怒った顔をしているのか。
わからなくて首を傾げれば、さらにご機嫌を損ねたようで眉間に皺が増えた。
「そのうち、嫌でもわからせてやる!」
オウガが不機嫌になった理由は、よくわからなかったけれど。
前よりも距離がぐっと近くなったような、そんな気がした。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「今日もメイコの料理は美味しいな。オレの花嫁になってくれないか」
「はいはい。これくらい普通だからね? そんなに気に入ったなら、私の分も少し分けてあげる」
「あぁ、ありがとう……って、違う。メイコ、ちゃんとオレの言葉を聞いてるのか!?」
高橋くんと別れ、オウガとの友情を確かめあった後から、オウガは変わった。
私への好意を隠さなくなったというか、人前でも冗談をいうようになった。
眼光の鋭さは相変わらないけど、以前よりも明るくなって、表情も豊かになった。
ノリツッコミだってこのとおりだ。
取っつきやすくなったと、クラスの皆からも言われている。
「……メイコは冷たい」
私が素っ気なくすれば、オウガは分かりやすくいじけた顔をする。
まるで冬の雪が溶けて、春の野原へなるような……そんな変化。
それが自分のことのように嬉しい。
「そうだぞ、我が姉よ。同士オウガはそなたの魂の片割れであり、いずれ我の兄となる運命。その内に秘めたるは我が姉の鋼のような心臓と違い、飴細工のように繊細なのだ」
「そうだよお姉ちゃん。オウガ兄ちゃんに嫌われちゃうよ?」
オウガの家に一緒に遊びに来ていた林太郎とタケルが、私に注意をしてくる。
「何度も言うけど、オウガはただの友達で、恋人でも何でもないんだからね?」
「時間の問題だ。我が姉をここまでフォローできるのは、同士オウガ以外にいない。というか、余計に同士オウガが落ち込んだではないか。我が姉は本当に恋心というものがわかっていない……」
私に対して、林太郎がやれやれと肩をすくめる。
なぜ小学生の林太郎に、恋心について語られないといけないのか。
オウガを慕う林太郎は、私とオウガがくっつけばいいと心から思っているようだ。
人見知りで女の子どころか、同級生にだって話しかけられない林太郎にだけは、そんなことを言われたくなかった。




